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黒き艦娘、闇艦娘との闘いの火蓋が切って落とされる!
くちくズ
 艦これ動画「くちくズ」公開中です。
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更新情報
動画
 2015年02月03日 「金剛とL○NEしてみた」を追加
 
 2015年01月01日 「くちくズ(艦これ)(5)の予告」を追加
 
 2014年12月21日 「くちくズ(艦これ)(4)」を追加
 

●SS(テキスト作品)
 2015年01月09日 「艦これ・闇(激戦!深海の亡霊、闇艦娘との闘い)(2)二艦合魂、雷電!」を追加
 2014年11月30日 「くちくズ(5)」を追加
 2014年11月18日 「艦これ軽音隊!あたしらの音を聞けぇぇえッ!」を追加
 
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 その1 その2 その3 その4
【艦これ】艦隊これくしょん・闇 激戦!深海の亡霊、闇艦娘との闘い
第2章:二艦合魂、雷電!



 母港――
 海を目の前にして出撃を控えている第一艦隊。

『さぁってとぉ、レベル上げの旅に出発しますかねぇ~』

 深い緑色の制服を着ている北上は、ンーッと伸びをしながら言った。
 第一艦隊の旗艦である北上は、緊張感の無い間の抜けた声を海に向かって漏らす。

『そういうことを堂々と言うな。これは深海棲艦殲滅のための重要な戦いなのだ』

 俺は手を後ろ手に組んだまま、きつく北上を見つめる。
 第一艦隊である艦娘達の声は、俺の頭の中に流れ込んでくる。
 詳しい理屈はわからないが、科学者が言うには、俺と旗艦の艦娘とはテレパシーというもので繋がっているらしい。
 そして旗艦の艦娘がアンテナ代わりとなって、艦隊の他の艦娘とも会話が可能なのだ。
 ちなみに、いま艦娘達と一緒にいる俺は、実は俺の実体ではない。
 ここにいる俺は魂のような存在で、一種の幽体離脱のような現象が起きているらしい。
 俺の本体は司令官室の椅子に座っている。

『そういうことにしときましょーかねー。可愛い子ちゃん達の前だしねー』

 北上はジト目になって、第六駆逐隊である暁、響、雷、電を見つめる。
 そんな北上を見て、陸奥はポコンと頭を叩いた。

『いったぁーい! 痛いじゃないのぉ!』

『そういうこと言わないって提督が言ってるでしょ? 駆逐ちゃんのレベル上げだって重要なのよ?』

『はーい、ごめんなさーい』

 北上は怨みがましい涙目になって暁型四姉妹を睨む。
 そしてポソッとつぶやく。

『駆逐艦、あぁ、ウザイ』

 陸奥は溜息をついて北上を見下ろす。

『あ、そうそう陸奥のアネゴぉ。悪いッスねー、アネゴを差し置いて旗艦なんてやらせてもらちゃって。提督がどうしてもアタシをハイパーさんにしたいみたいでぇ~』

『別に気にしてなんかいないわよ? 私を改造するよりも、あなたをハイパーにする方が優先なんでしょ? 私もその方がいいと思うわ』

 北上はニシシと意地悪な笑みを浮かべながら、陸奥のくびれた腰を肘でつんつんする。

『本当は怒ってます? 怒ってますよね? もしかしたらあの子たちのお守りさせられて怒ってます?』

 陸奥はポコンと北上の頭を叩いた。

『私にしてみれば、あなたも駆逐ちゃん達も一緒よ。お守りだって言うなら、私はあなたを含めて5人のお守りをさせられているのよ?』

『はーい、ごめんなさーい』

 北上はまた涙目になって暁型四姉妹を睨む。
 そしてポソッとつぶやく。

『駆逐艦、あぁ、ウザイ』

 陸奥はやれやれと溜息をついて北上を見下ろす。

『駆逐艦なんて適当な遠征に出しまくって、地味ぃにレベリングすればいいのに。あいつら地球に優しい低燃費エコ娘なんだからさぁ、おつかい要員で十分だっての』

 北上は陸奥からこそこそと離れ歩き、陸奥に聞こえないようにポソッとつぶやく。
 陸奥から離れていく北上は、小さなビニールの包みを踏んずけてズルッとなる。
 そして思いきりお尻から地面に着地してしまい、北上は臀部を激しく打ちつけてしまう。

『いったぁーい! 痛いじゃないのぉ!』

 雷はロリポップキャンディを口の中で転がしながら、悪いとばかりに手を上げる。

『悪りぃね、北上のねーちゃん。ゴミはきちんと拾わないとなぁ』

 電はビニールの包みを拾い上げ、北上に向かってヘッと意地悪く鼻で笑った。

『むかーーーーーッ! なんなのアイツ! 私が何したってのよぉ!』

 お尻をさすさすしている北上を、陸奥はやれやれな顔をして見下ろす。

『自業自得。自分で捲いた種。因果応報』

 図星な北上は何も言い返せない。
 北上は怨みがましい目で雷を睨みつける。

『雷、あいつ性格最悪! ってゆーか、雷ってあんな感じだったっけ? どっちかっていうと世話焼き女房なイメージがあるんだけど』

『ああ、雷ちゃんね……あの子はしょうがないのよ、あんなことがあったんだもの』

『へ? あんなこと?』

 不思議そうに陸奥を見上げる北上。
 一部始終を見ていた提督は、溜息をつきながら北上に言う。

『北上、さっさと出撃せんからそういう目に遭うんだ。はやいとこ出撃しろ』

 北上はほっぺたを膨らませながら、俺に向かって敬礼する。

『出撃します。水雷戦隊、出るよ』

 北上は海に向かって飛び込む。
 後を追うように他の艦娘達も海に飛び込む。
 艦娘達はふわりと海上に降り立ち、まるで地面の上に立つように海上に立っている。
 そして俺は艦娘達の頭上で仁王立ちになって浮いている。

 艦娘――
 軍艦の魂を抱きし武装乙女、と俺は聞かされている。
 艦娘は存在自体が極秘中の極秘なので、艦娘の提督である俺にすら情報はほとんど入っていない。
 艦娘達が言うには、軍艦の魂が艦娘に憑依し、軍艦と同じスペックの能力を得ることができるそうだ。
 これを艦娘達は憑着と呼んでいる。
 身体の内に秘めたる軍艦の魂は、艦娘を戦闘へと駆り立て、そして戦地へ赴かせる。
 全員ではないが、艦娘には軍艦の記憶が断片的に残っていることがあるらしい。
 なぜ軍艦の魂がうら若き少女達に憑依しているのかは謎である。
 艦娘自身、自分が何者なのか理解してはいない。

“すざざざぁぁぁッ”

 艦娘達は海上を滑るように海を進んでいく。
 まるでアイススケートのように優雅に海上を滑っていく。
 軍艦の魂を抱いている彼女達にとって、海は大地と変わらない存在なのだろう。

『さぁてとぉ、ここらで索敵といきますかぁ。陸奥のアネゴぉ、やっちゃってください~』

 21号対空電探を搭載している陸奥がいるので、索敵はほぼ間違いなく成功する。
 陸奥の背後に電探が映し出され、くるくると回って索敵を開始する。

『なに? 何か来るわ!?』

 何かに気がついた陸奥は上を向くと、そこには恐ろしい速さで突進してくる艦娘がいた。
 真っ黒な衣装に身を包んでいる艦娘は、突進しながら砲撃の用意をする。

『くっ、何なのこの子ッ』

 回避が間に合わないと判断した陸奥は両腕をクロスして上半身を隠し、内股になって腰を屈めることで下半身をブロックする。

“ずどがぁぁぁんッ”

『きゃああッ』

 突然、陸奥の真下で爆発が起こる。
 黒い艦娘は陸奥に突進する前から22インチ魚雷後期型を発射していた。
 魚雷が直撃した陸奥は中破し、じゅばばぁッと海上を滑り飛ばされる。

『ちょ、な、なんなのこれぇ?!』

 予想だにしていなかった不意打ちに混乱する北上は、何もできずに棒立ちになっている。
 そんな格好の的となっている北上に、黒い艦娘は砲撃を開始する。

“ぎゅどごぉぉッ”

『きゃわぅッ』

 5インチ連装砲の直撃を受けた北上は大破し、海上に倒れ込む。

『重雷装巡洋艦は強いと聞いていたのだが……たいしたことないな』

 黒い艦娘の声が頭の中に流れてくる。
 艦娘同様、黒い艦娘もテレパシーを使って会話してくる。

『あの子……響ちゃん?』

 海上で這いつくばっている陸奥は震える腕で身を起こしながら、黒い艦娘を見つめる。
 真っ黒い衣装に身を包んでいるのは、どう見ても響である。
 しかし左目の瞳は鮮血のように深い赤で染まっている。

『響・黒だよ。レベルは2。ここには散歩で立ち寄ったよ。よろしく』

 黒と聞いて、陸奥はハッとする。
 先日、自らを闇艦娘と呼ぶ謎の艦娘に提督が襲われた。
 そのとき現れた五十鈴・黒は、たったひとりで戦艦と正規空母率いる艦隊に打ち勝ってしまった。
 更にその後に現れた愛宕・黒は五十鈴・黒以上の桁外れな強さを誇ったという。

『あれが闇艦娘? ほ、本当に強いじゃない……レベル2? あの子、どう考えても重巡級……いいえ、戦艦級のポテンシャルを秘めてるわ……』

 敵わない、本気でそう思えた。
 世界のビッグ7、その一艦である陸奥にとって、駆逐艦に敗北を喫するのは屈辱である。
 しかし実力者であるからこそわかる。
 目の前にいる闇艦娘、響・黒はここにいる誰よりも強い。

『撤退……撤退しなきゃ……』

 陸奥がそう思った矢先、陸奥の背後から暁と響が飛び出した。
 響・黒に同時攻撃を仕掛ける暁と響。

『よしなさい! あなた達じゃ無理よッ!』

 制止する陸奥の声が聞こえていなかのように、暁と響は鋭く響・黒に突進する。
 暁は響・黒に向かって飛び上がり、手にしている12.7センチ連装砲を構えて響・黒に狙いを定める。

『攻撃するからね』

 響は海上を滑りながら61cm五連装(酸素)魚雷を放つ。

『さて、やりますか』

 響・黒はゆっくりとした動きで両腕を開き、静かに目を閉じた。
 そして真っ向から暁と響の攻撃を受ける。

“ガスッ”

 海面から姿を現し、響・黒に向かって次々と飛んでくる61cm五連装(酸素)魚雷を、響・黒は涼しい顔をしたまま蹴り上げる。
 更に身を回転させ、蹴り上げた61cm五連装(酸素)魚雷に回し蹴りを喰らわす。

『え? きゃあっ!』

 魚雷は飛び上がっている暁に向かって蹴り放たれ、暁は避けることができず、魚雷をまともに受けてしまう。

“ずどぉががぁぁんッ”

 暁は大爆発に巻き込まれ、大きく吹き飛ばされた。

『暁ねぇさんッ』

 吹き飛ばされた暁を心配そうに見つめる響。
 その背後には響・黒がいる。

『姉の心配より自分の心配をしたほうがいいよ』

 響・黒は数センチと離れていない至近距離から5インチ連装砲を放った。

『うぁぅッ』

 響は大きく吹き飛ばされ、海上に倒れている暁の真横に倒れ込む。
 大破してしまった暁と響は気を失い、ぴくりとも動かない。
 真っ黒い煙を上げながら二人は眠るように海上で倒れている。

『防御を捨て、目まで閉じたのに……まるで相手にならない……これが私のオリジナルだと思うと泣けてくるよ』

 寄り添うように倒れている暁と響に、響・黒は5インチ連装砲を向ける。

『戦いに敗れし者は海に沈む……艦娘ならこれほど誇り高き死はない……散るといいよ』

 響・黒の背後に禍々しい5インチ連装砲の姿が映し出される。
 そして5インチ連装砲から砲弾が放たれる……直前に、雷と電が響・黒に向かって砲撃する。

“ずどぉががぁぁッ”

 雷と電による12.7センチ連装砲の同時斉射が響・黒に直撃する。
 しかし響・黒はダメージを受けることなく、何事も無かったかのようにその場に立っている。

『直撃してもこの程度……もはや涙も出ないよ』

 響・黒は海上に倒れている暁の頭を、ゴリぃと踏みつけにする。

『このまま頭を踏み潰してしまおうか』

 ブツンッという音と共に雷と電は飛び出した。
 踏みつけにされた姉を見て、雷と電は完全にキレた。

『お姉ちゃん達を沈ませないのですッ!』

『私らがお前を沈めてやるよぉッ!』

 突っ込んでくる雷と電を見て、響・黒は呆れ顔になって溜息をついた。

『バカだな、姉たちがやられたのを見ていなかったのか?』

 響・黒の背後に禍々しい5インチ連装砲の姿が映し出された。
 雷と電の背後には12.7センチ連装砲の姿が映し出される。

“ずががががぁぁぁッ”

 雷と電が放った砲弾を響・黒は瞬間的にキャッチし、手で掴み上げた。
 響・黒の手の中で砲弾がぎゅぎゅると回転している。

『効かないとわかっていても尚、攻撃を仕掛ける……イチルの望みに賭けて……でも、そもそもイチルも望みなんてなかったんだよ』

 響・黒は手の中で回っている砲弾を握り潰した。
 ぞどどぉぉッと響・黒の手の中で砲弾は爆発し、激しい轟音と共に爆風が吹き荒れる。
 一方、響・黒が放った5インチ連装砲の砲弾は雷と電に直撃し、二人はその勢いで吹き飛ばされた。
 そして空中で雷と電はぶつかり合い、まるで抱き合うように身が重なる。

『大破して尚、身を寄せ合う……ずいぶんと仲がいいんだね』

 宙を舞っている雷と電に狙いを定める響・黒。
 そして響・黒の背後に禍々しい5インチ連装砲の姿が映し出される。

『やめてぇッ! これ以上砲撃を受けたら、本当に沈んじゃうッ!』

 海上に倒れ込んでいる陸奥は、雷と電に向かって手を伸ばす。
 予想以上にダメージを受けた陸奥は、身体の自由が利かない。
 助けたいのに助けられない……自分の不甲斐無さに心を痛めつつ、陸奥は響・黒に雷と電がやられるのをただただ見ていることしかできない。

『心配しなくともこいつらを沈めたら、次はお前を沈めてあげる。海の底で仲良く朽ちていくがいいよ』

“ずどごぉぉぉッ”

 響・黒が放った砲弾は雷と電に直撃し、大爆発を起こした。
 雷と電は爆発による煙に包まれ、姿が見えなくなる。

『さて、次はお前だ』

 響・黒は陸奥に近づき、陸奥の額に5インチ連装砲の砲口を押しつける。
 万事休す……そう思った刹那、上空でカァッと閃光がほとばしった。

『ッ!? なんだ?』

 響・黒が顔を上に向けたのと同時に、響・黒は頬に鈍い痛みを感じ、激しい衝撃に襲われた。
 そして響・黒は吹き飛ばされる。

『ッつぅ……誰だお前は? 私を殴ったのはお前か?』

 響・黒は殴られた頬を手の甲で拭いながら、ペッと赤い唾を吐き捨てた。

『うそ……これって……』

 陸奥は信じられないという顔をして、突如現れた謎の艦娘を見つめる。
 謎の艦娘は雷と電が来ていたセーラー服と同じものを着ている。
 顔の見た目も雷と電にそっくりだが、雷と電とは別人であるとわかる雰囲気を漂わせている。
 全身がほのかに黄色く輝いていて、時折、電気のような稲光がパリッと身体の表面を流れ走る。
 髪は全身を流れている電気のせいか、まるで風に持ち上げられているようになびいている。

『もしかして……あなた、雷ちゃんと電ちゃんなの?』

 謎の艦娘は陸奥の方に振り返りもせずに、言葉だけで返答する。

『私は雷電。二艦合魂によって、雷と電のふたつの魂がひとつになった姿』

『二艦合魂!? そんなの初めて聞いたわ? ふたりが合体したってこと? そんなの信じられないわ……』

 陸奥は目を丸くして雷電を見つめている。
 これまでに艦娘同士が合体したなどという話は聞いたことがない。

『私も初めて聞いたな。二艦合魂? これはとても興味深いよ』

 響・黒は今まで以上の速さで雷電に突進した。
 雷電の只ならぬ気配を察知し、響・黒は本気になった。

『喰らいなよ』

 響・黒は雷電の目の前までくると、タンッとステップを踏んで雷電の真横に高速移動した。
 雷電の不意をつく形となった響・黒は、超至近距離から5インチ連装砲を発射する。

『遅いな』

 響・黒の目の前にいたはずの雷電が一瞬のうちに姿を消した。
 雷電を見失った響・黒はすぐさまその場から離れ、周囲を見回して雷電の姿を探す。

『ここだよ、ここ』

 響・黒の背後から雷電の声がする。
 響・黒はハッとして後ろを振り向くが、そこに雷電はいない。

『ここだってば』

 雷電はちょんちょんと後ろから響・黒の背中をつついた。
 雷電はずっと響・黒の動きにあわせて、ぴったりと背中にはりついていた。
 しかし響・黒は表情も変えずに、あくまで冷静に振舞う。
 響・黒は錨を手にし、股をくぐらせて背後にいる雷電めがけて錨を打ちつける。

“がずぅッ”

 錨は響・黒の背中に打ちつけられ、その衝撃で響・黒は前のめりになる。
 響・黒よりも一瞬早く、雷電は錨を避けていた。
 自爆した響・黒は前のめりになりつつも、その勢いを利用してグルンッと前転する。
 前転している間に雷電の姿を視認した響・黒は、シュタンッと立ち上がるのと同時に雷電に向かって砲撃する。

“ずががががぁぁぁッ”

 響・黒が放った真っ黒い砲弾を雷電が掴み上げる。
 砲弾は雷電の手の中でぎゅぎゅると回転している。

『そもそもイチルも望みなんてなかったんだよ……さっきあなたが言った言葉、この弾と共に全部返すね』

 雷電は手の中で回っている砲弾を握り、回転を止めた。
 しゅううぅッと手の平から白煙を上げなら、雷電は発射されたばかりで高熱を帯びている砲弾を響・黒に投げつけた。

“ぞどどぉぉッ”

 超高速移動が可能な響・黒ではあるが、雷電の放った砲弾は避けることができなかった。
 響・黒よりも雷電の方が数段速い。
 砲弾が直撃した響・黒は爆発に巻き込まれ、海上に投げ出される。

『くッ……たった一撃でこうなるのか……恐ろしい奴だな、お前』

 響・黒は大破寸前であった。
 ただ単に砲撃を受けただけならほとんどダメージを受けることもないのだが、雷電が投げつけた砲弾は、砲弾がひしゃげてしまうほどに速く、恐ろしく鋭い勢いで飛んできた。
 砲弾の爆発と超々高速な衝撃が合わさり、まるで大口径の砲撃を受けたようなダメージが響・黒を襲った。
 響・黒は傷ついた身体をかばうように自らの身体を抱き締め、ふらふらになりながらもなんとか立っている。

『イチルの望みもないか……確かに私がお前に勝てる可能性はイチルも無いな……』

 響・黒の足元に渦が発生し、その中に響・黒が呑まれていく。

『雷電とか言ったかな。また会おうよ……』

 響・黒は姿を消した。
 辺りに静寂が走る。
 雷電はふぅッと気を失い、その場でくずおれてしまう。
 そしてパァツと光ると、雷電は元の雷と電に戻った。
 ふたりは力尽きたように、静かに寝息を立てながら眠っている。

『雷ちゃん、電ちゃん……いったい何が起きたというの?』

 やっと動けるまでに回復した陸奥は、よろよろとしながら右腕で雷と電を、左腕で暁と響を抱え上げる。

『あらあら、そういえばいたわね。うちの旗艦さん』

 両腕が塞がっている陸奥は寝転んでいる北上の身体の下に足を入れ込み、ひょいっと足を持ち上げる。
 北上は音も無く宙に浮かされ、陸奥の肩の上に乗っかった。

『提督、これから帰投します……あらあら、旗艦さんが気絶しちゃって連絡がつかないわ……』

 提督と繋がっている北上が気を失ったせいで、提督とのテレパシーが途切れてしまった。
 陸奥は溜息をつきながら、海上を歩いて母港を目指す。

 ――――――

 ――――

 ――

「提督、入りますね」

 陸奥は司令官室の扉をノックして中へと入る。
 俺は窓から海を見つめながら、背中越しで陸奥と話す。

「大丈夫なのか、陸奥」

「ええ、雷ちゃんと電ちゃんは修復が終わって、お部屋ですやすや寝てるわ。ドッグは今、暁ちゃんと響ちゃんが使ってる。北上ちゃんはドッグ待ち。お部屋でブーたれてるわ」

「いや、陸奥、お前は大丈夫なのか?」

 陸奥もまだ修復前で、中破した状態でこの場にいる。

「あらあら、心配してくれるの? 私は大丈夫よ? 優しいのね、提督は」

「からかうな、陸奥」

「それよりも提督、こっちを向いたら? もう見慣れてるでしょうに」

 中破した陸奥は衣装がぼろぼろとなり、不謹慎な言い方だが刺激的な見た目になっている。
 露出が異様に高い姿の艦娘を目にするのは、俺的にも彼女的にもよくないと俺は思っている。
 俺は背中を向けたまま陸奥に話しかける。

「陸奥……今日見たことは他言無用。お前自身、今日のことは無かったこととしてくれ」

「それって……深入りは大やけど、ってことかしら?」

「そういうことだ……」

 沈黙が流れる。
 重苦しい空気が司令官室中を満たす。

「実は俺自身も、上から釘を刺された……この件については詮索無用。記憶から消したまえ。とな」

「そうなんだ……それほどにヤバい件なんだね……まさか艦娘が合体するなんて……初めて見たわ」

「俺だって初めてだ。電話越しだったが、上の方々も動揺していたよ……」

 俺は手に持っている報告書に目を通す。

「雷電になったパラメータ値……数値的には、雷と電の値が単純に足し算した値になっている……これは脅威的なことだ……」

「確かにとんでもないことだけど……でも雷ちゃんと電ちゃんのパラメータ値を足し算しても、私の値には届かないわ……だけど、雷電は絶対に私よりも強いわよ? ……私が敵わなかった響・黒よりも強かったんだから、雷電は……」

「実際には数値以上のポテンシャルを秘めているってことだな……」

 再び沈黙が流れる。
 俺は帽子を目深にかぶり直し、陸奥の方を振り返る。

「この部屋を出たら今日のことはもう忘れてくれ……すまないな、陸奥」

「あらあら、ならお部屋から出ないで、ずっとここにいようかしら」

 陸奥は俺を挑発するように身をくねらせる。

「からかうな……俺はすることがあるんだ。すまないが席を外してくれ……」

「あらあら、フラれちゃったわね。じゃあドッグでも見てこようかしら」

 陸奥はひらひらと手を振りながらウィンクをし、司令官室をあとにする。
 俺は電話の受話器を手にし、ダイヤルを回す。
 この電話は上と繋がっている守秘回線で、上との連絡がとれる唯一の連絡手段である。

「お待たせしてすみませんでした。艦娘には秘密厳守と釘を刺しましたので、情報が漏れることはありません」

『そうか……闇艦娘との二度目の接触、そして艦娘の合身……こちらとしても初めての報告だ。この件に関しては君の記憶から消去したまえ。そして君は今までと同じように任務をこなしてくれたまえ……くれぐれも情報の漏えいには……』

「了解であります」

 プツンッと電話が切れる。
 俺は小さく溜息をついて受話器を置いた。

「てーとくぅ!」

 突然バタァンッと扉が開き、ビクッとなる俺。
 そして雷と電が俺に向かって跳びついてきた。

「雷、電、もういいのか?」

「もう大丈夫だよ、提督。すっかり元通りだ」

「ご心配お掛けしましたのです」

 いつもの無邪気なふたりだ。
 俺は安堵の息を漏らす。

「なあ、雷、電……ふたりは今日の出撃のこと……憶えてるか?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。

「あー、あの響・黒って奴のことか? あいつすっげぇムカつく!」

「とても腹が立つのです」

「……それ以外には……憶えていないのか?」

 雷と電は顔を見合わせて言った。

「途中から記憶がないんだよな……響・黒の砲撃を受けて……多分、気絶しちゃったんだろうな」

「記憶がないのです」

 俺はホッとした。
 どうやら雷電になってからの記憶は残っていないらしい。

「さあ、提督、ドッグに行こうぜ」

「ドッグに行くのです」

 きょとんとなる俺。

「なんでだ? ドッグにはお前達だけで行ってこい」

「ダメだって。提督も一緒に見舞いに行くぞ」

「一緒にいくのです」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 男の俺がドッグに行くってのは、女風呂とか化粧室に男が行くようなものだぞ? 一緒に行けるわけないだろ?」

 雷と電は頭にハテナマークを浮かべている。

「なんでもいいから、一緒に行くぞー」

「行くのです」

「ちょ! だから! 男の俺は行ってはならない場所なんだ! 女の園だろ! 男子禁制だって!」

 雷と電はガッシと俺の腕を掴み、ずるずると引っ張ってドッグに向かう。

「つべこべ言わずに行く! 仮にも提督だろ! 少しは気を遣えって!」

「いや、雷、逆に気を遣ってるんだって! ちょ、ダメだって! 俺は行っちゃダメなんだって!」

「さっさと行くのです」

 ずるずる、ずるりと俺はドッグに向かって引きずられる。

「ちょっと待って! 司令官室が空いちゃうだろ! ダメだって! お願い、やめてぇぇぇぇぇぇ!」

 俺の悲痛で恥ずかしい悲鳴が廊下中に響き渡る。


(つづく)

目次はコチラ

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【艦これ】くちくズ
第05話 任務:まるゆよ、伊号潜水艦ズに負けるな!



 ここは某国、某県、某市、某港にある、とある鎮守府。
 この物語は艦娘と深海棲艦との凄まじいまでの激戦の記録……ではない。
 戦闘さえなければ、艦娘達も普通のお年頃な女の子。
 今日も提督と艦娘達によるほのぼのとした一日が始まる。

 母港から少し沖に出たところで、潜水艦達が自主訓練をしている。

「ごーや、潜りまーすッ」

 伊58は直進しながらスゥゥと角度をつけて潜水していく。
 他の伊号潜水艦も次々と潜水していく。
 海面に残っている伊401とまるゆ。

「まるゆちゃん、お先にどーぞー」

「そ、そうですか? じゃあ遠慮なく」

 伊401に促され、まるゆは潜水を開始する。

“とぷんッ”

 まるゆはその場で頭を沈めて、さかさまになる。

「んーッ、んんーッ」

 まるゆはじたばたしながらお尻を沈めて、今度は頭を上にする。

「んんんーッ、んうーッ」

 まるゆは更にじたばたして、また頭を下にしてさかさまになる。

「んんんぅーッ、ぅんんーッ」

 まるゆは激しくじたばたしながら、頭を上にする。
 こうしてまるゆは頭とお尻を交互に沈める動作を繰り返し、まるでシーソーのような動きをしながら徐々に沈んでいく。

「し、沈んでる?!」

 海中からまるゆを見ていた伊号潜水艦ズは、まるゆが溺れてると思った。
 海面からまるゆを見ていた伊401は、まるゆが沈没したと思った。
 じたばた暴れながら沈んでいくさまは、潜水というよりは沈没である。
 どうにかこうにか海中にいる伊号潜水艦ズの目の前まで沈んだまるゆは、伊号潜水艦ズに向かって爽やかな笑顔を見せる。

「まるゆ、潜水完了しました」

 伊号潜水艦ズはエエエッと驚いてまるゆに詰め寄る。

「まるゆちゃん、それって潜水じゃなくて、沈没じゃない?」

 伊168につっこまれ、笑顔をひきつらせるまるゆ。

「いえいえいえ、潜水です。立派に潜水ですよ?」

 海面にいた伊401がスゥっと潜水艦ズの元に近寄る。

「上から見てたけど、あれは……残念ながら沈没だね!」

 あっけらと言われてしまい、まるゆは涙目になって抗議する。

「そ、そんなことないです! れっきとした潜水です! “止まって沈む”、陸軍が誇る! 一歩先ゆく! 画期的な潜水法です!」

「陸軍が誇る、ねぇ」

 伊168はジト目になってまるゆを見つめる。

「一歩先ゆく、なのね? いひひっ」

 伊19は笑いをこらえて涙目になっている。

「画期的? でち」

 伊58はプフッと笑いながらまるゆを見つめる。
 あからさまにバカにされているまるゆは、ふるふると身を震わせながら涙目になって下を向いてしまう。

「そろそろ時間よ。母港に戻しましょう」

 伊8は上を向いて浮上する。

「はいはいでちー! 訓練おしまいでち!」

 他の潜水艦ズ達も伊8を追うように浮上する。

「まるゆちゃん、戻ろう」

 伊401はうなだれているまるゆの手を取り、浮上するように促す。

「あ、はい、そうですね」

 まるゆは目に溜まった涙を拭い、伊401に笑顔を向けた。
 母港に着いて海から上がった潜水艦ズは、あらかじめ用意しておいたバスタオルを手に取る。
 そして身体と頭を拭きながら庁舎に向かって歩きだした。

「そういえばまるゆちゃんってさぁ、装備スロットが存在しないって本当? それって戦闘可能なの?」

 伊168からの質問にムッとするまるゆは、少し強めの口調で答える。

「そ、それは! まるゆはレベル10を超えたので、ちゃんと雷撃できるです! 先制雷撃、雷撃、夜戦と3回雷撃できるのです! ……まだ装備スロットは開いていませんが」

「何も搭載してないのに、どうやって攻撃してるのでち?」

「いったい何を発射してるのね?」

「そ、それは! ……それは」

 言い返そうと思ったまるゆであったが、怒りよりも悲しい気持ちの方が勝ってしまい、何も言えなくなってしまった。
 そんな気の沈んだまるゆの気持ちを知ってか知らないでか、伊8はシレッと質問する。

「まるゆちゃんって確か、耐久力2でも中破なんでしょ? 耐久力1でやっと大破って、轟沈しちゃうよ?」

「やばっ! それって危ないじゃない!」

 まるゆの隣を歩いている伊401は、朗らかに笑みながらまるゆに質問する。

「そういえばまるゆちゃんって、超がつく低燃費艇なんだよね! 1戦闘あたり燃料2、弾薬1で済んじゃうエコ艇なんだよね?」

「まるゆちゃんは小食すぎるのでち。もしかして拒食症でち?」

 あはははははッと笑いだす潜水艦ズ。
 まるゆの隣にいる伊401はまるゆの肩をポンと叩く。

「もう少し食べないと大きくなれないよ、まるゆちゃん!」

 まるゆの胸がギュッとなる。
 ひどく悲しい気持にさせられた。
 きっと潜水艦ズには悪気などないのだろう。
 少しからかっているくらいの気持ちなのだろう。
 しかしまるゆにとってはコンプレックスなところを殴りつけられたようで、ひどく心が痛んだ。

「まるゆは海軍工廠出身じゃないから……お友達はできないのでしょうか……」

 まるゆはダッと走りだしてしまう。
 くやしい気持ちと悲しい気持ちが混じり合い、いたたまれなくなったまるゆはその場にいられなくなかった。

「あッ」

“ずざざぁぁッ”

 涙で前が見えなくってしまったまるゆは、何もないところで転んでしまう。
 地面に肘と膝を擦りつけてしまい、すれた箇所はうっすらと血が滲んでいる。

「えぅ、ぅええぇぇう……」

 まるゆはその場に座り込んでうなだれてしまう。
 自分はどうしようもなく低能で、まるで役に立たない、ヨソ者である……そんな負の気持ちがまるゆに襲いかかる。

「おいおい、そんなとこでなにしてんだよ」

 雷はロリポップキャンディを咥えながら、座り泣いているまるゆを見下ろしている。

「あ……雷さん……えぅぅ、うああぁぁぁんッ」

「おいおい、こんなとこで泣くなよ。怪我してるし、びちょびちょだし、風邪ひいちゃうぞ」

 雷の顔を見た途端に、まるゆの中で我慢していたものが崩れてしまい、激しい感情が溢れ出てしまう。

「うああああぁぁぁんッ! ぅええあああぅんッ!」

 大泣きしてしまうまるゆ。

「はぁ、しゃーねーなぁ」

 雷はポケットから新しいキャンディを取り出して、まるゆの口に突っ込む。

「んむぅッ、んぐぐぅ?」

 まるゆはきょとんとした顔をして雷を見上げる。

「ここじゃあなんだ。とりあえず私らんとこにおいで」

 ――――――

 ――――

 ――

 自室のベッドに腰を下ろしている雷は、まるゆから事の成行きを聞いた。
 そしてまるゆの傷に絆創膏を貼っている電は、まるゆの話を聞いて憤慨する。

「ひどいのです! まるゆちゃんが可哀相なのです! 人には得手不得手、長所短所があるのです!」

 雷は腕組みをしながら、目を閉じて身体を揺すっている。

「雷お姉ちゃんもそう思うのです?!」

 電に話をふられて、雷はゆっくりと目を開ける。

「このままってわけにはいかねぇか。しゃーねー、いっちょ話つけに行くかぁ」

 雷はぴょんとベッドから飛び降り、すたすたと部屋を出て行ってしまう。

「おいてくぞ、まるゆー」

「え? ええ?」

 どうしていいのかわからないでいるまるゆに、電は笑顔を向ける。

「雷お姉ちゃんにまかせるのです」

「あ……は、はいッ!」

 まるゆはハッとして雷を追いかける。

「なんだかんだで世話焼きなのです、雷お姉ちゃん」

 電はクスッと笑んでベッドの上に転がった。

 ――――――

 ――――

 ――

 海辺にある射撃場で魚雷の発射訓練を行っている潜水艦ズ。

「イクの魚雷攻撃、行きますなのね!」

“しゅるるるるぅ……ちゅどどぉんッ!”

 深海棲艦の絵が描かれた板に向かって魚雷を発射する伊19。
 板はこなごなに破壊され、跡形もない。

「イク、大金星なのね!」

 ドヤ顔になっている伊19、その横で次は私だと言わんばかりに魚雷の発射準備をする潜水艦ズ。

「打ち方やめー。潜水艦ズ、ちょっといいかぁ」

 発射寸前で呼び止められ、海の上でふらふらと身を揺らす潜水艦ズ。
 伊168は声がした方に顔を向けると、そこには雷と、その背後に隠れているまるゆを見つけた。

「いったい何の用かしら? 私達の訓練を中断するような用事なのかしら、くちくズの雷ちゃん」

 伊168はいぶかしげな顔をしながら海から上がる。

「わりぃね、たいした用事じゃないんだけどさぁ。ちっと集まってもらってもいいかなぁ」

 雷はポケットに両手を突っ込んだまま、ロリポップキャンディを口の中で転がしている。
 他の潜水艦ズも海から上がり、どこか高圧的な態度の雷を警戒しながら、雷の前に集まった。

「な、何の用でち? も、もしかしてまるゆちゃんの仕返しにきたでち?」

「んー? 仕返し? お前ら、まるゆに仕返しされるようなことしたのか?」

 伊58は“んぐぅ”と口ごもり、言葉を失ってしまう。

「なんだか煮え切りませんね。はっきりと要件を言ってもらえます?」

 伊8は人差し指でメガネを上下させて、にこっと雷に微笑む。

「潜水艦ズ、お前ら潜水艦は特殊かつレア度が高いから、提督に特別扱いされてるのはわかるよ」

「そうなのね! イクたち潜水艦は特別な存在なのね! だからこそ潜水艦としてのプライドというものがあるのね!」

 伊19は胸を張って大威張りに言う。

「だけどな、提督はお前ら以上に、まるゆを特別扱いしてんだよ」

 笑顔の伊8の頭にピキッと怒りマークが出現する。

「それは聞き捨てなりませんね。なぜまるゆちゃんが私たち伊号潜水艦よりも特別扱いされているのか、理由を話していただけます?」

 雷はガリッとキャンディを噛み、バリバリとキャンディを噛み砕く。

「理由? そんなの一目瞭然じゃんか。お前らとまるゆ、決定的に違うものがあるだろう?」

 潜水艦ズは頭の中をハテナだらけにして、自分とまゆるを何度も見比べている。

「違いなんて無いじゃない! どこが違うって言うのよ!」

 伊168はいらいらしながら声を荒げる。

「いちいち口で言わないとわからないんか?」

 雷は口に残ったキャンディの紙棒をプッと吐き飛ばした。

「いいか? お前らが着てる提督指定の水着はスク水だろ。だけどな、まるゆが着てるのは何だ?」

 伊401は場の空気を理解していないかのように、あっけらと元気に答える。

「白いスクール水着だね!」

「そうだ、白スクだ。一般的にはな、白スクは紺スクよりもレア度が高いんだよ」

 伊8の頭の中でズガーンッというショックな衝撃が走りぬけた。

「……レアカラーVerだと……そう言いたいのかしら?」

 雷は伊8に詰め寄り、ズイッと身を乗りだす。

「それだけじゃないよ。純白の白スクを見てさ、何か思い出さないか? 純白の服を着てるのがもうひとりいるだろう?」

 伊8はハッとし、がたがたと震えだした。
 もはやショックすぎて言葉が出ななくなった伊8。
 しかし雷の言葉が理解できないでいる他の潜水艦ズは、雷に詰め寄る。

「どういうことなの? それって誰よ! そんな艦娘、他にいたかしら?」

 雷はにぃッと笑い、潜水艦ズに言い放つ。

「提督だよ」

 ズガーンッというショックな衝撃が潜水艦ズの頭の中を走りぬけた。
 そんな潜水艦ズに雷は追い討ちをかける。

「提督とまるゆはな、ペアルックだ!」

“ずどがががぁぁぁんッ!”

 Critical hit!
 潜水艦ズは脳内で大破した。
 悲しみのあまり、轟沈寸前である。

“ずどがががぁぁぁんッ!”

 Critical hit!
 まるゆも脳内で大破した。
 嬉しさのあまり、轟沈寸前である。

「隊長さん……そ、そうだったのですねッ! まるゆは……まるゆはッ!」

 ――――――

 ――――

 ――

 司令官室の扉をこんこんと控えめにノックするまるゆ。

「開いている。入っていいぞ」

 提督に促され、まるゆはもじもじしながら司令官室に入った。

「し、失礼します……あ、あの、隊長さんひとりですか?」

「ああ、そうだが。どうしたんだ、まるゆ」

 まるゆは頬を赤らめながら、提督に身を寄せる。

「……隊長さん……ま、まるゆは……まるゆは……」

 まるゆは提督の顔を見上げながら、熱っぽい目で提督を見つめる。
 提督は只ならぬ雰囲気のまるゆを見て、どきどきと胸が高鳴る。

「隊長さん……」

 まるゆの顔が近づいてくる。
 とろけるような熱い目をしたまるゆが、顔を寄せてくる。

「まるゆ……」

 提督とまゆるの唇が接近し、そして遂に……

“ボフンッ”

 寸でのところで、まるゆは提督に包みを差し出した。
 提督は包みに顔が埋まってしまい、包みにキスしてしまう。

「これ、まるゆからのプレゼントですッ!」

 そう言ってまるゆはテテテッと司令官室を出て行ってしまう。

「……何どきどきしてんだよ、俺……バ、バカなのか俺は? そ、そんなことあるわけないだろうがよ……」

 提督は手渡された包みを開けてみる。

「ん? なんだこれは」

 提督は目の前で包みの中身を拡げてみる。
 それは腹の箇所に「○て」と書かれた白スクだった。

「……これを着ろと?」

 機能美に溢れるまるゆ指定の水着を手にしたまま、提督は固まってしまう。

 ――――――

 ――――

 ――

“コンコン”

「失礼します」

 秘書艦が戻ってきた。
 扉を開けると、そこには白クスを着込んだ提督がいた。

「違うんだ、そうじゃないんだ、なんて言えばいいのか、その、なんだ、まずは落ち着くところからはじめようか」

「んぎゃあああぁぁぁあああぁぁぁッ!」

“ずどがががぁぁぁんッ!”

 Critical hit!
 提督は大破した。

(任務達成?)

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【艦これ】艦これ軽音隊!あたしらの音を聞けぇぇえッ!


 朝――
 日の出の光に照らされてキラキラと輝いている海を見つめながら、天龍はンーッと伸びをする。
 まだ解放されていない第3ドッグの前で、天龍は人待ちをしている。
 海に向かって「フフフ、怖いか?」と言いそうな顔をしながら、天龍は落ち着かない様子で地面をタンタンと踏み叩いている。

「さぁて、今日もクールでホットで激烈ヘビーな一日が始まるぜぇ」

 天龍はたくさんのステッカーが貼られた真っ黒なソフトケースを背負いながら、他のメンバーが来るのを待っている。

「ふああぁぁぁぅッ、クールとホットが混ざったら常温になっちゃうわねー」

 海を眺めている天龍の背後から、龍田の眠たそうな声が聞こえてきた。
 龍田も天龍同様、たくさんのスッテカーが貼られた真っ白なソフトケースを背負っている。

「んもー、天龍ちゃんってば起こしてくれればいいのに。いっしょのお部屋で同棲してる仲じゃない」

「チッ、意味深っぽく言ってんじゃねーよ。姉妹なんだから当然だろうが、相部屋なんてよぉ。んなことより遅せぇよ。ずいぶんと待っちまったぜ」

 龍田は呆れた溜息をつきながら、やれやれな顔をする。

「天龍ちゃんが早すぎるんでしょ? まだ約束の時間まで30分もあるのよ? うふふ、天龍ちゃんったらはしゃいじゃって、かわいいんだから」

「ッ! バカなこと言ってんじゃねーよ! 何が可愛いだ、ふざけやがって」

 天龍は顔を赤くしながらギリッと歯を鳴らした。

「あらあら、もう来てるの? ずいぶん早いわねぇ」

 爽やかな笑顔を振りまきながら、そして立派すぎる大きなお胸を揺らしながら、愛宕が声をかけてきた。
 愛宕は衣装の色と同じ深い青色のスティックケースを背負いながら、天龍達と合流する。

「みなさん、もうお集まりなんですね。早く来たつもりだったのに、私が最後だなんて」

 榛名は小さめのリュックを肩に引っ掛けて、三人ににっこりと笑んで見せた。

「遅せぇぞ、お前ら」

 天龍は後から来た三人を見下ろすように睨みつけながら、不機嫌な声で言った。
 三人は『あんたが早いんでしょ』と言いたげな顔をして、生温かい笑みを天龍に向ける。

「なんだよ? 何か言いたそうだなぁ? 言いたいことがあんなら言えってんだ!」

 妙に喧嘩腰な天龍に、龍田は優しい笑みを浮かべながら静かに話す。

「天龍ちゃんってば、そんなにいきりたたないの。少しヒート気味よ? もっとクールになって」

「うっせぇな龍田! 俺はたぎってたぎって仕方ねぇんだよ! 艦隊の旗艦になって単縦陣でバトルするくらい、全開でたぎりまくりなん! ヒート気味だぁ? 何ぬるいこと言ってやがんだよ。俺はたぎりすぎちまって、メルトダウン寸前だぜ?!」

 興奮しきっている天龍を見て、榛名はクスッと笑んだ。

「さすがは天龍ちゃんですね。そのくらいハートがアップしてた方が、天龍ちゃんらしくて素敵です」

 榛名は天龍を見つめながら、背後に向かって鍵を投げる。
 完全なノールックで鍵を投げ上げた榛名。
 このノールックパスに愛宕が反応していた。
 開放前の第3ドッグの扉の前でスタンバッていた愛宕は、やはりノールックのままパシィッと鍵を受け止める。
 それを見た天龍は、嬉しそうな笑みを浮かべながらチッと舌打ちをする。

「なんだよ、榛名も愛宕も、冴えに冴えまくってんじゃねーかよ。俺よりも上がってんじゃねぇか? スピリッツがよぉ」

「それを言うならスピリットでしょう? スピリッツはお酒、または雑誌のお名前よぉ? っていうか、スピリットが上がるってどういう意味なのかしらぁ?」

 天龍は顔を真っ赤にして地団太を踏み、恨みがましい目で龍田を睨む。

「うッせぇぇぇなぁッ! いちいち揚げ足取ってんじゃねぇよ! いいんだよ意味なんてよぉ! ハートが伝わればよぉ、なんだっていいんだッ! 気持ちが伝わればよぉ、どうでもいいだろぉがぁ! 言い方なんてウワベなんか関係ねぇっつの! 熱い煮えたぎった気持ちが伝わればよぉ、言葉が意味不明だってノープレだぜ!」

「ノープレ? ノープロブレムって言いたいの? 天龍ちゃんってば、略し方が独特すぎて変だよぉ?」

「んがぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッッッ!!! うっせぇッッッ!!! いちいちムカつくツッコミ入れんなぁぁぁッッッ!!!」

 キレる天龍。
 そしてキレた天龍をクスクスと笑みながら嬉しそうに眺める龍田。
 ブチギレ天龍はぶんぶんと拳を振りまくって襲いかかる。
 対してクールな龍田は全てのパンチをひょいひょいと軽快にかわしていく。
 さすがは姉妹である。
 龍田は天龍の呼吸を読みきり、放たれるパンチを完全に見きっている。
 これでは一生かかっても天龍は龍田を殴る事はできない。
 とはいえ、天龍もそれを理解しているからこそ、思いっきり龍田に殴りかかれるのでる。
 いくらブチギレていても、本当にぶっ叩こうなんて思ってはいない。
 なんとも仲のいい姉妹である。
 そんな軽巡姉妹を、愛宕は清々しい笑顔を浮かべながら見つめている。

「あらあら、息ぴったりね。まるでダンスを踊ってるみたい。あのふたりのシンクロしたリズムは、誰にもマネできないレベルで完成されてるわね」

「愛宕さん、あのふたりのリズムは完成なんてしていないわ。まだまだ未完成で発展途上、そして進化し続けているわ」

 愛宕は「そうね」とつぶきながらドッグの扉を開けた。

“ぐごごごごごごごぉッ”

 重苦しい重厚な音をたてながら、扉がゆっくりと開かれていく。
 まだ解放前のドッグは当然だが誰もおらず、ほとんど日の光が入らないせいもあり、中は真っ暗である。
 そんな真っ暗闇の中、愛宕は手慣れた感じで扉の横にあるスイッチをオンにする。
 ピカッ! と眩しいほどの光がドッグ内を照らす。
 するとドッグの真ん中に、スタジオさながらの音楽設備が姿をあらわした。
 ドラム、アンプ、スピーカー、などなど、演奏に必要な機材は全て揃っている。

「さぁってとぉ、ちゃっちゃと準備しちまってよぉ、さっさとおっぱじめよぉぜぇ」

 天龍はタタッと走ってアンプの前に立つ。
 そして背負っていたソフトケースを開ける。
 ケースの中からあらわれたのは、漆黒と言っていいほどに深い黒色のギター。
 なんとも存在感のあるギターが、天龍の手によって取り出される。
 天龍は素早くギターのストラップに身を通し、アンプとギターをケーブルで繋いだ。
 そしてアンプの電源スイッチをバチンッと弾く。

“ぎゅわぁぁぁぁん”

 天龍はピックで弦を弾いた。
 まだチューニング前なのだが、ギターによって奏でられた音には全くもって狂いがない。

「やっぱこいつは優秀だぜ。弾くの久しぶりなのに、チューニングしたばっかみたいだ。これなら微調整なしでもイケちまうぜ」

 天龍はギターを構えながら恍惚の笑みを浮かべ、満足げに語った。

「天龍ちゃんったら、前もってチューニングしなかったの? なんて、私も実はしてないんだけど」

 龍田は白いソフトケースを開け、中から眩しいくらいの純白のベースを取り出した。

“ぼぅぉぅぅぅうんッ”

 龍田がベースを鳴らした。
 やはりチューニングが不要なくらいに、音に狂いは全くない。

“バスンッ、ドンドンドンッ、シャラァアアンッ”

 愛宕もドラムを試打する。
 ドラムも調整不用なほどに正確な音を鳴らし、すぐさま演奏可能な状態であった。

「さすがは妖精さん達ねぇ、前回演奏してから結構経つのに、音がぜんぜんズレてないわ」

 愛宕はくるくるとスティックを回転させながら、鼻歌まじりにドラムを叩いている。

「妖精の奴らはよぉ、普段、艦を建造したり修復したりしってっかんなぁ。楽器を作るのなんて朝飯前なんだろうさ」

 天龍は器用に速弾きしながら、ノリノリでソロ演奏をしている。

「天龍ちゃん。楽器を作ってくれたのは家具職人さんよぉ?」

 龍田は意地悪く笑みながら、天龍の速弾きに合わせてベースを弾く。

「うっっっっっっっっせぇぇぇなぁぁぁぁぁぁッ! そうやって正論でツッコミ入れやがってよぉッ! 性格悪いにもほどがあんぞぉッ!」

 天龍は額に巨大怒りマークを出現させて、ビキビキという音が聞こえそうなほどの怒り顔になっている。
 そして凄まじいまでの勢いで龍田を睨みつける。

「だって天龍ちゃん、間違ったことを平気で言うんだもぉん。だから正しい捕捉を付け足してあげてるんじゃない」

「あーあーあーあーあーッ! どうせ俺の言ってることは間違ってるよぉッ! 間違いだらけだよぉッ! 間違いまくりの間違いキングだよぉッ!」

「天龍ちゃんは女の子だから、間違いキングじゃなくて間違いクイーンだよぉ?」

「んぐぅぁぁぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!」

 天龍は龍田の正しいすぎるツッコミに完全にキレてしまった。
 ブチギレた天龍は、恐ろしいほどの速さでギターを弾き鳴らす。
 もはや弦を弾いているピックと指が見えないほどの速さで、弦を弾きまくる。

「んふふふふふッ、わたしだって負けないよぉ」

 龍田は天龍の神速度な速弾きに合わせて、ベースの弦を超高速で弾く。
 凄まじい速さで弦を弾いているせいで、龍田の指には残像が生じてしまっている。
 そのせいで、むしろゆっくり動いているように見えてしまっている。

「やるじゃねぇかよ、俺についてくるなんてよぉ」

「うふふふふ、姉妹艦は伊達じゃないのよぉ」

 ふたりのセッションはどこまでも加速していき、まるで人工的に加工した音のような、人が奏でていると考えられないほどの連続音になっている。
 このままでは人の耳には聞こえない超音波になってしまうかもしれない。

「本当に仲のいい姉妹ね。天龍ちゃんと龍田ちゃん」

「そうですね、愛宕さんと高雄さん姉妹とは違ったタイプの仲のよさですね」

 榛名はいそいそとキーボードや琴、その他の様々な楽器や機材をセッティングしている。
 実はここにある楽器や機材は、すべて榛名が設計したものである。
 榛名いわく、奏でたい音、演奏したい曲、そういったものを心の中で想い描いているうちに、必要となる楽器の設計図が頭の中に浮かんでくるのだそうだ。
 そうやって描かれた設計図は、家具職人に受け渡され、楽器を建造、もとい開発、もとい製作してもらうのである。
 そして家具職人さん達は言う、これは神がつくりし設計図だと。
 まったくもって無駄がなく、バランスがとれすぎていて怖いくらいだと言う。
 もしこの設計図が世に出て広まったら、音楽業界に革命が起こる! と家具職人さんは語る。
 そんな神の設計図を元にして作られた楽器や機材は、もはや芸術品ともいえる完成度で、究極かつ至高の名器である。
 値段をつけようにもつけられないほどの価値がある。
 だからだろうか、人の限界を超えた演奏をしても、楽器は壊れるどころかビクともしない。
 どんなに凄まじい速弾きをされても、ギターとベースは生真面目なほどに正確な音を奏で続けてくれる。

「榛名さん、今回の曲、すっごくいいですね。スリリングさと胸熱感が巧みに混在していて、気持ちが上がりまくりだよぉ」

「おう! 超俺好みだぜぇ! こういうの待ってたんだよなぁ。さすがは榛名だぜ、超アゲアゲのテンションMAX超えの120パーセントだぜ!」

「もう、天龍ちゃんったらバンドリーダーに向かって呼び捨ては失礼よぉ。でも気持ちはわかるなぁ。いままでの曲と比べて、勇気がすっごく湧いてくるもん。勇気だけが友達って感じで、すっごく頑張れるよぉ」

 榛名は「ありがとう」とひとこと言うと、静かに目を閉じた。
 すると、榛名の雰囲気が変わった。
 まるで静かに燃える青い炎のようである。
 内にとてつもないエネルギーを内在させているのが伝わってくる。
 そして榛名はゆっくりと目を開く。
 榛名は別人のようになっていた。
 触る者みな傷つけてしまうような、鋭すぎる日本刀のようである。
 そんな榛名を見て、愛宕はスティックを鳴らしながら、ワン、ツー、スリーと言い放つ。


 そして、演奏が始まった――


 四人は恐ろしいほどの気迫で音を奏で、人の限界を超えた超々テクニックを駆使して楽器を打ち鳴らす。
 まるで四人の魂が繋がっているかのような、ありえないほどの一体感で音が重なり合っている。
 素晴らしい!
 素晴らしすぎる!
 聞く者の胸を問答無用に熱くさせ、感動の渦潮に巻き込んでしまうような、人の心を掴んで離さない絶対的な魅力に溢れている。
 しかし、四人は決して納得しようとしない。
 完璧とも言える演奏をしているようにしか見えないだが、それでも妥協をいっさい許さない四人は、何度もトライアンドテストを繰り返し、更に高みを目指そうとする。


 もう何百、いや何千回演奏しただろうか――


 早朝から始まった演習、もとい演奏だが、外は完全に日が落ちている。
 しかし、それでも終わりが見えてこない。
 確実にいいものになっているのだが、それでも納得はしないし、妥協しようとはしない。
 よって、夜戦に突入!
 四人は間宮さんお手製のドリンク剤を飲み干し、伊良湖さんお手製の総合栄養食なブロックバーを咥え喰らいながら、終わりなき演奏を続ける。

 トライ! アンド、テスト!

 トライ! アンド、テスト!

 サーチ! アンド、デストロイ!

 …もとい
 トライ! アンド、テスト!

 空になったドリンク剤のビンがそこら中に転がり、ブロックバーの箱が至る所に散乱している。
 演奏をしては栄養補給をして、そしてまた演奏をする。
 あまりにも凄まじい鬼気迫る勢いの演奏は、休みなく続けられている。
 演奏している四人は、全身がびっしょりになるほどの汗をかいている。
 身体中の水分が汗になって流れ出て、もはやトイレに行く必要がないほどである。
 実際、もう何時間も演奏し続けているのに、誰もトイレに行こうとはしない。
 そんなどろどろの極限状態になっても、四人は演奏を続ける。
 ゴールがいまだ見えない演奏は、いつまででも続いていく。


 ピッキィィィィィィンッ――


 四人はハッとする。
 四人の頭の中で何かが走り抜けた。
 四人は仕切りなおすように楽器を構え直し、静かに息を吸いながら目を閉じた。

「これ、ラストになるな。ぜってぇ」

「そうねぇ、そういう予感を感じたわねぇ」

「パンパカパーン! 遂にここまで来たって感じだわ」

 榛名は目を閉じてゆっくりと息を吸い込み、三人に向かって話す。

「みんながいま感じているとおり、きっとこれがラストになります。だから、この演奏に全てを注ぎ込んでくださいね。みんなの全部を」


 そして最後の演奏が始まった――


 その演奏は今までの集大成とも言える、最高の演奏であった。
 数えきれないほどの演奏を繰り返し、そのたびにトライアンドテストをし、アレンジと改良を加え、そして遂に完成した。


 最後の演奏が終わる――


 演奏が終わると同時に、四人は事切れたかのようにその場に倒れ込んだ。
 もはや立っていることすら出来ない。
 それほどまでに四人はすべてを出しきったのである。
 いつの間にか夜は明けていて、日が昇り始めていた。
 夜戦は終わったのだ。

「無事、帰投だな。よく頑張ってくた」

 いつの間に現れたのか、倒れ込んでいる四人の前に提督がたたずんでいた。

「これ……マスターテープです……」

 もう声を出すのも限界といった榛名はぷるぷると震える手で、最後の演奏を録音したマスターテープを提督に差し出した。

「確かに預かったぞ」

 提督は榛名の傍らで膝をつき、マスターテープを受け取った。
 榛名はニコッと笑うと、そこで力尽きてしまい、バタッと突っ伏してしまう。
 そしてそのまま死んだように眠ってしまった。
 他の三人も死人のように眠ってしまっている。

 撃沈!

「お疲れさま。今はとにかく休んでくれ。あとで打ち上げしような」

 提督は四人に毛布を掛け、スタジオを後にした。

 ――――

 ――

 ―

『これが今回の成果物の音データとなります。現物のテープはすぐにそちらへお送りいたしますので』

『うむ、ご苦労であった』

 通信室にいる提督は、マスターテープに録音された榛名達の演奏を流している。

『毎回素晴らしい曲を作り上げてくれるな。優秀な部下を持ったものだ』

『彼女らにお褒めの言葉をいただいたと伝えておきます』

『そうだ、君に聞きたいことがあったのだ』

『ッ? なんでしょう?』

『いつもテープと一緒に同封されているメッセ―ジカード……これは何かね』

『すみまえん、出すぎた真似をして……しかし、そのくらい彼女らも頑張ってくれたので』

『……うむ、私の質問に答えているようには聞こえないのだが……とりあえず、あいわかった』

 通信が切れる。
 提督はマスターテープを大きな茶封筒に入れ、そして一緒にメッセージカードを同封した。

“あたしらの音を聞けぇぇえッ!”

 こうして艦これのBGMは作られているのである。
 ……かどうかは不明である。


(任務完了)

目次はコチラ


【艦これ】くちくズ
第04話 任務:46センチ三連装砲を撃てぇ!



 ここは某国、某県、某市、某港にある、とある鎮守府。
 この物語は艦娘と深海棲艦との凄まじいまでの激戦の記録……ではない。
 戦闘さえなければ、艦娘達も普通のお年頃な女の子。
 今日も提督と艦娘達によるほのぼのとした一日が始まる。

 ぽかぽか陽気な昼下がり。
 食堂で昼食を食べている雷、電、まるゆ。

「あ、長門さんに陸奥さんなのです」

 演習を終えて母港に戻ってきた長門と陸奥は、少し遅めの昼食を食べにきた。

「すっげぇなぁ。あれって呉海軍工廠砲熕部が極秘開発した、世界最大最強の戦艦主砲なんだろ?」

 雷は長門と陸奥に搭載されている46センチ三連装砲を眺めている。

「艦船に搭載された世界最大の艦砲としてギネスにのっているのです」

「最大射程は40キロを超えるそうです。ちょっとした日帰り旅行な距離ですね」

 雷電ゆの3人は目をきらきらさせて46センチ三連装砲に見入っている。

「私らが搭載できるのは小口径主砲の12.7センチ連装砲だもんなぁ。3.6倍以上もデカいんだぜ。あれは反則だよな、あれは」
「火力なんて13倍もの差があるのです。大口径主砲の本気を見るのです!」

「まるゆは装備スロットが存在しないので、武器とは無縁なんです。うらやましいなー。かっこいいなー」

 羨望のまなざしで46センチ三連装砲を見つめる雷電ゆの3人。
 そんな憧れの46センチ三連装砲が近づいてくる。

「撃ってみるか?」

 いつの間にか目の前に長門がいて、驚きのあまり跳び上がる雷電ゆ。

「ええ!?」

 憧れの主砲、46センチ三連装砲を撃ってみるかと聞かれ、目をぎらんぎらんに輝かせる雷電ゆ。

「ええ!?」

 ちょ、マジ!? な顔をする陸奥。

「ちょっと! 姉さんったらもう、いきなりそんなエキセントリックなこと言って。そもそも駆逐ちゃんには装備できないでしょ?」
「いーえ! 3人の力を合わせれば可能なのです!」

 電は陸奥にずずぃと詰め寄り、迫力のある目で陸奥を見つめる。
 ぎんぎらに目を輝かせながら鼻息を荒くしている電は、本気すぎて引いてしまうほどに目が本気である。
 他のふたりも目が撃ちたいと言っている。

「ダメよぉ、ダメダメ! 危ないからダぁメぇッ」

 陸奥は雷電ゆ以上に迫力のある目力を発揮して、3人を見つめ返す。
 そんな陸奥の気持ちを踏みにじるように、長門は雷電ゆを見下ろしながら3人に提案する。

「ここで46砲を撃ったら間宮に殺される。場所を変えよう」

「はーい!」

 長門と雷電ゆはさっさと食堂を出て行ってしまう。
 ひとりポツンと食堂に取り残される陸奥。
 陸奥は頭に大きな怒りマークを出現させ、わなわなと肩を震わせる。

「ダメよぉ、ダメダメ! ダメよぉぉ、ダメダメッ!! ダメったら、ダぁぁぁメぇぇぇッ!!!」

 陸奥はぷんすか怒りながら4人を追った。

 ――――――

 ――――

 ――

「ここならいいだろう」

 長門と雷電ゆは海に面しているコンテナ置き場までやってきた。

「いいだろう、じゃないわよ!」

 少し遅れてぷんぷんな陸奥が追いついてきた。

「姉さん、それに雷電ゆちゃん達、46センチ三連装砲なんて大口径主砲、くちくズな3人には持てないでしょう?」

 雷電ゆの3人は長門が装備している46センチ三連装砲を見つめながら、額に汗を垂らす。

「大丈夫なのです! さっきも言いましたが、3人の力を合わせれば可能なのです!」

 そう言って雷電ゆの3人は手をつなぎ、そして口を揃えて叫び上げる。

「合体だ!」

「ええ!?」

 ちょ、マジ!? な顔をする陸奥。
 そんな困惑する陸奥を尻目に、3人は飛び上がってガシーン! ガキーン! と合体する。

「2艦1艇合体! 雷電ゆ!」

 3人の背後で“ちゅどーん”という爆発が起こりそうなシチュエーションだが、辺りはシーンとした涼やかな静寂に包まれる。

「……合体? なの? これ?」

 陸奥は目を点にして3人を見つめる。
 雷電ゆの3人は雷を先頭にして、電は雷の肩を背後から掴み、電の肩をまるゆが掴んでいる。
 これはどう見ても、肩を掴む前ならえである。

「見事だ」

 長門はうんうんと頷きながら、ぱちぱちと拍手をする。

「なにこれ……」

 縦に並んでいる雷電ゆ、それを見て拍手をする長門。
 もう何が何だかな状態である。
 状況が把握でいない陸奥は口角をひくひくさせながら、ピキッと固まってしまう。
 そんな陸奥を尻目に、長門は合体したと言い張る雷電ゆの上に46センチ三連装砲を置いた。

“ずしんッ”

 物凄く重い。
 あまりにも重くて、雷電ゆの足が地面にめりこみそうになる。
 予想以上の重さに目をまんまるにする雷電ゆは、全身をぷるぷるさせながら顔じゅうを汗だらけにしている。
 そんな雷電ゆを尻目に、長門はスッと海を指差し、無言のまま撃てと言っている。

「ちょっとぉ! ダメったらダメぇ! そんなことしたら……」

 陸奥が言い終えるのを待たずに、雷電ゆは叫び上げる。

「雷電ゆ! 撃っちまぁぁぁぁぁすぅッ!」

“ずどごぉぉぉぉぉぉぉぉんッ!”

 物凄い爆音と共に、雷電ゆは後方におもいっきり吹き飛ばされてしまう。
 とはいえ、一番前にいた雷と、真中にいた電は、なんとかその場に踏みとどまった。

「ひゃあああああぁぁぁぅんッ」

 しかし一番後ろにいたまるゆはもろに46砲の反動を受けてしまい、コンテナ置き場に向かって飛んで行ってしまった。

“どんがらがしゃーん”

 まるゆはコンテナ置き場に放り出され、積まれていたコンテナがどんがらと音をたてて崩れてしまう。

「ま、まるゆちゃーんッ!」

 陸奥は慌ててコンテナ置き場に向かって駆け出す。

“びゅごおおおぉぉぉんッ………………きらんッ”

 そして支えを失った46センチ三連装砲は砲撃の反動で飛んで行ってしまい、そのままお空の星になってしまった。
 長門は空を眺めながら、お星様になった46センチ三連装砲を見つめる。

「……飛んだな」

「飛んだなじゃないでしょーッ!」

 陸奥は崩れたコンテナを投げ飛ばしながら、長門につっこみを入れる。

「見つけたッ! まるゆちゃんッ!」

 まるゆはコンテナの瓦礫の中から逆さまになって発見された。
 まるでスケキヨの死姿のような様相のまるゆ。
 陸奥はまるゆの足を掴んで、ずぼっと引っこ抜いた。

「かろうじて轟沈しなかったわね」

 まるゆはきゅううと目をまわし、大破している。
 ちなみに雷と電はその場でへたり込み、やはり目をまわして中破している。
 46センチ三連装砲を試射しただけなのに、ズタズタのボロボロな3人。

「あら、あらあら……46センチ三連装砲は反動が凄いから危ないって、言おうとしたのに……」

 陸奥は残念な溜息をつきながら、周囲を見渡して困り顔になる。
 そして長門は空に向かって涙を流しながら敬礼している。

「姉さん! そんなとこで泣いてないで、手伝ってよ!」

 陸奥と長門はボロボロな3人を抱えてドッグに向かった。

 ――――――

 ――――

 ――

「ぶわっかもぉぉぉぉぉぉぉんッ!」

 昭和の頑固オヤジのような怒号が司令官室中に響き渡る。
 陸奥と長門、そして修復が完了した雷電ゆの3人は、司令官室に呼び出された。

「無断で46センチ三連装砲を試射! その結果、雷電ゆが中破および大破! コンテナ置き場が小破! 46センチ三連装砲を紛失! 何を考えとるんだ、お前たち!」

 叱られて当然である。
 ごめんなさいで済むような簡単な話ではない。
 陸奥はこういう結果になるのがわかっていながらも、長門とくちくズを止められなかったことに責任を感じ、るーっと涙を流しながらお叱りを受けている。

「まったく! 3人が助かったからよかったものの、こんなことで轟沈なんてしたら泣くに泣けないぞ、まったく!」

 頭から湯気を上げながら憤慨する提督を尻目に、長門は雷電ゆに向かってグッと親指を立ててみせる。
 そして雷電ゆの3人も長門に向かってグッと親指を立てる。
 長門と雷電ゆの目がキランッと清々しく輝く。

「ぬぅぅぅぁぁがぁぁぁぁぁとぅぉぉぉぉぉッ! くぅぅぅぅぅちぃぃくぅぅぅぅぅズぅぅぅぉぉぉッッッ! おン前ぇらぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 提督の怒りが更にヒートアップしてしまい、陸奥は、るーーーーーーっと大量の涙を流してお叱りを受ける。

 この日以来、雷電ゆの3人と長門は、なんとなく仲良くなった。

(任務達成?)

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【艦これ】くちくズ
第03話 任務:電、深海棲艦駆逐イ級を育てよ!



 ここは某国、某県、某市、某港にある、とある鎮守府。
 この物語は艦娘と深海棲艦との凄まじいまでの激戦の記録……ではない。
 戦闘さえなければ、艦娘達も普通のお年頃な女の子。
 今日も提督と艦娘達によるほのぼのとした一日が始まる。

 ぽかぽか陽気な昼下がり。
 お昼ごはんを食べたばかりな雷と電は満腹気分に浸りながら、ベッドの上でごろごろしている。

“イキューン”

 どこからか生き物の鳴き声が聞こえた。

「??……気のせいか?」

 雷はいぶかしげな顔をするも、気を取り直してンーッと伸びをする。

“イキューン”

 雷はバッと身体を起こす。
 何かいる! そう思った雷は周囲をきょろきょろと見渡す。
 すると、そろそろ足でクローゼットに向かう電を見つけた。
 雷は妙な行動をとる電の様子を観察すべく、黙って電を見つめる。

「ぬき足、さし足、しのび足……なのです」

 そうつぶやきながら、物音をたてずに気配を消して歩く電。
 しかし声を出しながら歩いている時点でバレバレである。
 なんともはや、ひどく残念な感じになっている電。
 とっくに雷にバレているとも知らずに、電はクローゼットの前にまでやってきた。
 そして、そぉっと扉を開ける。

「イキュちゃん、シーッ、なのです……雷お姉ちゃんに見つかってしまうのです……」

「ほぉーッ、声の主はイキュちゃんっていうのかぁ」

 突然背後から雷の声が聞こえて、電はビクッと飛び跳ねる。
 クローゼットの奥の方に、ダンボール箱に入った生き物が見える。

「だ、ダメなのですッ! 何もいないのですッ!」

「何がダメなんだ? 何かいるから何もいないって言うんだろ?」

 クローゼットの前で立ちふさがる電を押しのけ、雷はクローゼットに首を突っ込んでダンボール箱の中身を覗き込む。

「……え? 何だこいつ……って、ぅうわあああぁぁぁッ!」

 雷はずざぁと素早く後ずさり、クローゼットにいる生き物に向かって12.7センチ連装砲を構える。

「だ、ダメなのですッ!」

 電はとっさにダンボール箱にいる生き物を抱きかかえ、素早くその場を離脱した。

「電ッ! お前、それ、深海棲艦の駆逐イ級じゃねーか!」

 電はぎゅうと駆逐イ級を抱き締めながら、雷から守るように自分の身を盾にする。

「確かに深海棲艦なのです……なのです……でも、この子は……大丈夫なのです……」

 電は声を震わせ、涙目になって駆逐イ級をかばう。

「何考えてんだよ、バカ電ッ! 深海棲艦は敵だぞ! 私らはそいつらと戦うために、この鎮守府にいるんだぞ!」

「……そ、それでも……この子は大丈夫なのです! この子は大丈夫……大丈夫なのです……」

 電は駆逐イ級を抱きかかえながら泣き出してしまう。

“イキューン”

 そんな電の様子を知ってか知らないでか、駆逐イ級は無邪気に電の頬をぺろぺろする。

「イキュちゃん……くすぐったいのです……」

 はた目から見ると、まるで子犬と戯れるいたいけな少女であるが、実際には駆逐イ級を抱きかかえる艦娘である。
 とはいえ、駆逐イ級は電にとても懐いていて、危害を加えるような様子もなく素振りもない。
 倒すべき敵を抱きかかえる妹……あまりにもシュールな状況に雷は困惑する。

「……電……まさかとは思うけど……そいつをどうする気だ?」

 嫌な予感がしつつも、雷は電に質問をする。

「飼うのです!」

 嫌な予感が的中してしまい、雷は大きく溜息をついた。

「電……それは無理だな……絶対に無理だって……お前、内緒でそいつを飼う気か?」

 電は雷をまっすぐに見つめながらウンと頷いた。

「でもなぁ、私にバレちゃった時点で、もう内緒にしておけないぞ? さすがにこれは……黙っておけないって」

 雷は複雑な気持ちになりつつ、電を諭すように話す。

「なら……提督に言ってみるです……」

「言ってみるって、提督にか?! 深海棲艦を飼いたいですって? 無理だって絶対に」

「言ってみないとわからないのですッ!」

 電は部屋の扉をバァンと押し開け、イキュを抱きながら駈け出した。
 雷は溜息をついて、ぽそっとつぶやく。

「まったく、大人しいくせに頑固なんだよなー、電は」

 ――――――

 ――――

 ――

「ダメだ! うちでは飼えないぞ!」

 提督に怒鳴られてしまい、電はビクンと身をすくめる。

「電、深海棲艦はイヌやネコとは違うんだぞ? 生態調査という意味で捕獲するのであればともかく」

「なら、生態調査ということで飼うのですッ!」

「だから飼えないって……それに生態調査となれば、様々な調査、実験をされた末に、最終的には解剖されてしまうだろう」

 電はイキュをぎゅうと抱き締めて提督を睨みつける。
 提督は溜息をつきながら困り顔になっている。
 そんなふたりのやり取りを見ていた秘書艦である陸奥は、にっこりと笑みながら46センチ三連装砲を撫でる。

「この子、この場で沈めちゃいましょう」

 46センチ三連装砲の砲口をイキュに向ける陸奥。

「うわぁーんッ! ダメなのですッ!」

 電は大泣きして司令官室を飛び出して行ってしまう。

「陸奥……脅かしすぎだ」

「だって、飼えないのは本当でしょ?」

「それはそうだが……あれで諦めてくれるだろうか」

 提督はやれやれと大きく溜息をつきながら、後味が悪そうに苦笑いしている。

 ――――――

 ――――

 ――

 海辺のコンテナ置き場は人の出入りが極端に少ない。
 電はきょろきょろと辺りを見渡しながら、コンテナ置き場の奥の方へと入っていく。
 そこには子供の手作り感たっぷりな小屋が建てられている。
 そして中にはボロ毛布にくるまっている駆逐イ級がいる。

「イキュちゃん、ごはんを持ってきたのです」

 電の声が聞こえたイキュは、イキューンと鳴いて小屋から顔を出す。
 電がアルミ製のボウルに燃料を注ぐと、イキュは嬉しそうにぺろぺろと舐め飲む。
 そんなイキュを見て電はほっこりとした笑顔を浮かべ、イキュの頭を優しく撫でる。

「イキュちゃん、また来るのです。ここで大人しくしてるのです」

“イキューン”

 電は後ろ髪を引かれながらも、きょろきょろと辺りを見ながらコンテナ置き場を後にする。

「やっぱりなぁ、電のやつ……しょうがねーなぁ」

 コンテナの上で腕組みしている雷は、やれやれな顔をしながら電を見下ろしている。

「このまま何も起きなきゃいいけどなぁ」

 雷はぴょこんとコンテナから飛び降りる。
 そして困ったように頭を掻きながら、電に見つからないように自室に向かう。

 ――――――

 ――――

 ――

 こっそりとイキュを飼いだした電は、自分に配給された燃料を密かに持ち帰り、イキュのごはんにしていた。
 そして毎日3食、欠かさずにイキュにごはんをあげている。
 例え雨が降ろうとも、例え遠征後の疲労度マックス状態であっても、例え出撃後の大破状態であっても、イキュへのごはんは欠かさなかった。
 そんな電を影から見守る雷。
 このまま秘密を守り通し、いつまでもイキュを飼い続けていく……なんてことは不可能である。
 こういった秘密は、ふとしたことで見つかってしまうものである。
 案の定、その日は来てしまった。

「イキュ、ごはんなのです」

 お昼ごはんの燃料を持ってきた電は、小屋に向かって声を掛ける。
 いつもならイキューンと鳴いてひょっこりと顔を出すイキュなのだが、鳴き声も無ければ顔も出さない。
 不審に思った電は小屋に頭を突っ込む。

「あれ? イキュちゃん?」

 そこにイキュの姿が無かった。
 いつもは毛布にくるまって大人しくしているイキュなのだが、どういうわけかイキュがいない。

「い、イキュちゃん!」

 電は慌ててイキュを探しだす。

「イキュちゃーん! イキュちゃん、どこなのです!?」

 必死になってイキュの名を呼んで探す電。
 そんな電を止めるように雷は電の肩を掴む。

「バカ電ッ! 名前なんか呼んだらみんなにバレちゃうだろ?!」

 電はハッとなって口をつぐんだ。

「雷お姉ちゃん!? なんでここに? どうしてなのです?」

 イキュを飼うことに反対していた雷が電を味方してくれて、電は不思議そうに雷を見つめる。

「今はそんなことどーでもいいだろ! んなことよりイキュを探すぞ! イキュが誰かに見つかったらシャレにならない」

 電はウンと頷いてイキュを探す。

「コンテナ置き場にはいなそうだな。もしかするとドッグの方に行ったのかもしれない」

 雷はドッグに向かって走り出す。
 電は雷を追いかけるように雷のあとをついていく。

「雷お姉ちゃん、ありがとうなのです」

「はぁ? 何か言ったか?」

「本当は聞こえているくせに。雷お姉ちゃん、ありがとうなのです」

 もうすぐドッグに着くというところで、ドッグから騒がしい声が聞こえた。

「敵だわ! 深海棲艦がいるわ!」

「敵のスパイか? 絶対に逃がすな!」

 遅かった……そう思った雷と電は息を切らせながらドッグに入る。

“イキューン”

 イキュが艦娘達に取り囲まれている。
 イキュは必死に逃げようとするが、完全に囲まれてしまって逃げ場がない。

「五十鈴にまかせて」

 五十鈴は20.3センチ連装砲をイキュに向ける。

「ダメなのですぅッ!」

 電は体当たりして五十鈴を突き飛ばした。

「いったぁい! お尻を打っちゃったじゃない! 何するのよ、もう!」

 電は素早くイキュを抱きかかえ、その場から逃げだす。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! どこ連れていくのよ!」

 艦娘たちが一斉に電を追いかける。
 いくら足の速い駆逐艦とはいえ、イキュを抱いたままでは逃げきれない。

「おっと、ごめんなぁ」

 雷は機械油の入ったドラム缶を蹴り倒した。
 艦娘達は地面にまかれた油に足をとられ、つるんつるんと転んでじたばたする。
 立つこともままならない艦娘達は、くんづほぐれつの大参事である。
 その場から動けないでいる艦娘達を確認し、雷は電を追いかける。

「おーい! 電ッ!」

 ドッグの外に出ると、電はイキュを抱きながら海の前で立ち尽くしていた。

「う、うぉおッ! ま、マジかよ!」

 雷は驚きの声を上げる。
 電の目の前には巨体の深海棲艦、駆逐ニ級が横たわっている。
 雷はとっさに12.7センチ連装砲をに駆逐ニ級向ける。

「雷お姉ちゃん、違うのですッ!」

 電に呼び止められ、雷は動きを止める。

「あなたは……イキュちゃんのお母さんなのですね?」

“ニキューン”

 駆逐ニ級は電に答えるように、低い鳴き声を上げる。

“イキューン! イキューン! イキューン!”

 電に抱かれていたイキュは激しく鳴きだし、電の胸から飛び降りる。

「あ、イキュちゃんッ」

 イキュは駆逐ニ級に走り寄る。
 電はとっさにイキュを追いかけようとしたが、足を動かすことができなかった。
 母親の元に戻ろうとするイキュを止めることなど、電にはできない。
 電は唇を噛みしめながら、流れ落ちようとする涙を必死にこらえる。

「電……」

 肩を震わせながら、何かに耐えている電。
 しかし雷にはどうすることもできない。
 電とイキュを見守ることしかできない。

“イキューーーン!”

 イキュは電に向かって長い鳴き声をあげた。
 まるでさよならを言っているかのようである。
 そんなイキュに向かって、電はにっこりと笑顔を見せる。

「よかったのです、イキュちゃん。お母さんと会えて」

“イキューーーン”

“ニキューーーン”

 イキュと駆逐ニ級はどぼぉんと海に飛び込んだ。

「電……」

 海に向かって笑顔を向けながら立ち尽くしている電。
 その頬には、いくすじもの涙道が通っている。

「ばいばーい! イキュちゃーん! 元気でねー、ですー! ……うわあああぁぁぁんッ!」

 遂に泣き出してしまう電。
 そんな電の頭を雷は優しく撫でてやる。

 ――――――

 ――――

 ――

 ひとしきり泣いた電は、落ち着きを取り戻して海を見つめている。

「もしかしてイキュのやつ、大きくなったら私らと戦うことになるかもだぞ?」

「そのときは全力で闘うのです」

「そっか、お前って変に強ぇーのな」


(任務達成)

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【艦これ】くちくズ
第02話 任務:はじめての大型艦建造!



 ここは某国、某県、某市、某港にある、とある鎮守府。
 この物語は艦娘と深海棲艦との凄まじいまでの激戦の記録……ではない。
 戦闘さえなければ、艦娘達も普通のお年頃な女の子。
 今日も提督と艦娘達によるほのぼのとした一日が始まる。

 ぽかぽか陽気な昼下がり。
 なんだかドッグの方が騒がしい。
 雷と電は廊下の窓からドッグを見つめている。

「みなさん集まっているのですぅ」

「今日って何かあんのかぁ?」

 雷と電の背後から不敵かつ不気味なテンションの笑い声が聞こえてくる。

「クックックッ、ふははははははぁ! よくぞ聞いてくれたぁ!」

 雷は振り向きもせずに、ドッグの方を向いたままツッコミを入れる。

「別に提督には聞いてないけど」

「んぐぅぉッ」

 提督は一瞬涙目になるが、すぐに気を取り直して勝手に話を続ける。

「よく聞けぃ、雷に電よ! 実は今日、はじめての大型艦建造をまわしたのだぁ! こんなセレブリティなこと、金も資材も乏しい我が母港ではむしろ暴挙! 奇行! しかしそれをあえてやったのだよ!」

 興奮度マックスでテンションが上がりまくっている提督に、雷と電は乾いた笑みを返す。

「へ、へぇ~、そうなんだ」

「そうなんだ! そしてそろそろ建造が完了する! 他のみんなはドッグに集結しているぞ! お前達も来い! 急ぎドッグに集合だぁ!」

 提督は雷と電をひょいと抱え上げ、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねながらドッグに向かって走り出した。

「提督、とっても嬉しいそうなのですぅ」

 提督に抱えられている電は雷に話しかける。

「そうだな。うっとおしい勢いで喜んでるな。でも、現実はどうかなぁ」

 雷はハァと溜息をついた。
 そうこうしているうちに、提督と雷と電はドッグに到着した。
 提督は雷と電を降ろすと、その場でへたりこんでしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ、つ、疲れた……」

 へたりこんでいる提督に気がついた陸奥は、提督の前で膝に手をついて腰を屈める。

「大丈夫かしら、提督? 日頃の運動不足がたたってるんじゃない?」

「いやいや、これでも海軍兵学校では運動能力トップクラスだったんだ。それに日頃のトレーニングだって欠かしてないぞ。でもな……」

 提督は雷と電を指さして涙を流す。

「あいつらが搭載している武器が尋常じゃなく重たいんだよ……金属の塊だもの、あれ……」

 陸奥はハイハイと呆れ顔になりながら、提督の首根っこを掴んで無理やりに立たせる。

「それより提督も手伝ってよ。もう時間がないんだから」

 よくよく周りを見てみると、艦娘達は歓迎の用意に大忙しで、せわしなく走り回っている。
 陸奥は提督の首根っこを掴んだまま、ドッグの前に用意された紅白のゲートをくぐった。
 そこには、間宮が作ってくれたご馳走がテーブル上にぎっしりと置かれている。

「まだまだ、じゃんじゃん料理が出来上がってくるから、もっとテーブルと椅子を用意して!」

「了解であります!」

 提督はビシッと敬礼をして、すたこらと走っていってしまう。

「みんな忙しそうだな」

「忙しそうなのです」

 取り残された雷と電はテクテクと歩いて周りを見渡す。
 紅白のゲートには“ようこそ我が鎮守府へ”と書かれた看板が掲げられている。
 その奥では、間宮が尋常ではない速度で次々に料理を作り上げていく。
 艦娘達は様々な装飾やら準備に追われていて、どこから徴収したのか神輿や打ち上げ花火まで用意されている。
 もはやお祝いというよりはお祭りな勢いである。

「……がっかりな展開にならなきゃいいけどな」

「?? 何か言ったですか?」

「いや、なんでもない。それより間宮ねーちゃんとこ行ってみよう。美しすぎるお料理艦娘の華麗すぎる神業が見れんぜ」

 雷と電は足早に間宮の元へ向かった。

“ドシュッ! ずばばばぁ! シュバシュッ! びゅずどどどぅ!”

 間宮は近寄り難い雰囲気を漂わせながら、凄まじい風切音と共に恐ろしい速さで料理を作りだしていく。
 食材を宙に投げると、鋭い動きで包丁を一振りする間宮。
 すると食材はきれいに切り揃えられ、皿の上に降り落ちる。
 皿に落とされた食材はまるで盛り合わせたように美しく並んでいる。

“じゅぼぉあッ! ゴオオオォォゥッ! じゅわああぉぉぉッ!”

 今度は5つの鍋を一気に火にかけていて、間宮は目で追えないほどの速さでそえぞれの鍋を振っている。
 まるで5人の熟練料理人が鍋を振っているかのようだ。

「やっぱすんげぇな、間宮ねーちゃんは」

「やっぱすんごいのですぅ」

 皿を置くカタンッという小さな音と共に最後の料理が完成し、間宮は静かに動きを止めた。
 これと同時に、ドッグ内放送のアナウンスが流れる。

「お知らせします。建造完了60秒前です。繰り返します。建造完了60秒前です」

 これを聞いた提督は叫ぶように皆に伝える。

「うおおおおおおおッ! きたきたきたぁ! 遂にきたぁ! みんな、並べぇい! お出迎えだぁ!」

 艦娘達はドッグ前に整列し、ビシッと起立してドッグを見つめる。

「お知らせします。建造完了10秒前です。繰り返します。建造完了10秒前です」

「よぉし! みんなでカウントダウンだぁ! いくぞぉ!」

 艦娘達は声を揃えてカウントダウンを始める。

「ごぉ! よぉん! さぁん! にぃ! いぃちぃ!」

「お知らせします。建造完了です。繰り返します。建造完了です」

“ばしゅぅぅぅうううん”

 白煙のような蒸気と共に、その艦娘は現れた。
 しかし、もくもくと立ち込める蒸気に姿が隠されてしまい、提督はじれじれにじらされる。
 提督は蒸気に映し出されているシルエットに向かって声を掛ける。

「ようこそ、我が鎮守府へ! さっそくだが、自己紹介をお願いする!」

「あ、えと、そ、そうですか? で、ではぁ」

 どことなく間延びした声で、恥ずかしそうに答える艦娘。

「初めまして……三式潜航輸送艇まるゆ、着任しました」

 蒸気が消え去り、真っ白いスルール水着に身を包んだ極端に小柄な少女が姿を現した。
 周囲にはシーンとした無音とも言えるほどの静寂が流れる。

「……聞いてない」

「え?」

「……聞いてない……聞いてないぞぉぉぉッ!」

 提督は肩を震わせながら天に向かって吠えた。

「え?聞いてないって……そんなあ!」

 まるゆは涙目になって身をすくめる。
 吠えた提督は真っ白になり、完全に燃え尽きてしまった。

「提督、いったいどんな分量で建造したんですか?」

 真っ白になって「あああああああ」としか言わなくなった提督に歩み寄る陸奥。
 そして提督が手にしているメモを覗き込んだ。
 そこには“1500/1500/2000/1000”と書かれていた。

「あー、最低値ってやつですねー」

 呆れ顔になってヤレヤレと溜息をつく陸奥。

「提督が最低値ッスねー」

 意地悪な笑みを浮かべながらジト目で提督を見つめる鈴谷。

「テートクぅー! 建造時間17分の時点で、おかしいと思いなヨー!」

 金剛は豪快ほがらかに笑いながら提督の背中を殴打する。

“ずべしゃぁ”

 もはや魂が抜けてしまった提督は、力無く地面に倒されてしまう。
 そんな提督の反応を見て艦娘達は溜息をつき、わらわらと散ってまるゆの歓迎会を始める。

「マイク音量大丈夫? チェック、1、2……よし。ようこそ、まるゆちゃん、私達の鎮守府へ」

 霧島は花束をまるゆに渡した。

「あ、ありがとうございますぅ」

 艦娘達は間宮が用意したご馳走を頬張りながら、パチパチと拍手をする。

「あああああああ」

 提督は明後日の方向を見つめながら、生気のない声を漏らし続けている。
 艦娘達はそんなポンコツになった提督には見向きもせず、きゃいきゃいと黄色い声を上げながらどんちゃん騒ぎが始まった。
 もはや歓迎会というよりはお祭り騒ぎである。
 酒も入っていないのにここまで乱れ騒げるのかと驚嘆してしまうほどに、艦娘達は騒ぎに騒ぎ、はめを外しに外し、全力で乱れに乱れた。

 ――――――

 ――――

 ――

 祭りも終わり、自室に戻ってきた雷と電はベッドの上に転がっている。
 そしてまったりと窓から入る日の光でひなたぼっこをしている。

「あー食べた食べた。間宮ねーちゃんのご馳走は至高のメニューだなぁ」

「きっと間宮ねーちゃんにはグルメ細胞が備わっているのです」

 うふうふと幸せそうにゴロゴロしている雷と電。
 そんなふたりの目に、挙動不審に辺りをきょろきょろと見渡しているまるゆの姿が映った。

「あれ? あの子……確か、まるゆちゃんなのです」

「あー、あの超期待の期待外れッ娘なー」

「そういう言い方、ひどいのです」

 電は開けっ放しにしていた扉からひょこっと顔を出し、廊下をうろうろしているまるゆに声を掛ける。

「どうしたのです?」

「あ、艦娘の方ですね。あのー、ひとつお伺いしたいのですが」

 テテテッとまるゆは電に近寄った。

「はい? なんでしょうです?」

「あのぉ……まるゆは何をしたらいいのでしょう?」

 電は目を点にして不思議そうにまるゆを見つめる。

「……あれ? 提督から何も聞いていないのです?」

 まるゆは目に涙を浮かべながらもじもじと身を揺すって話す。

「それが、隊長さんは真っ白けになっていて、死んだ魚の目をした動く死体みたいになってて、何も教えてくれなくて……それどころか会話すら出来ない状態というか……」

「あー、あいつまだ放心状態から脱却できないでいるんだなぁ。しゃーない、ついてきなぁ」

 雷は頭の後ろで腕を組みながら、とてとてと部屋を出ていく。

「え? あ? ええッ?」

 状況が把握できないでいるまるゆは、まごまごしたまま固まってしまう。

「私が庁舎内を案内したやるよ、と雷お姉ちゃんが申しているのです」

「余計なこと言うな電。さっさとついてきなぁ」

「はいなのですッ!」

 電はまるゆの手を引いて、テテテッと雷の後を追う。
 まるゆは電に引っ張られながら、テテテッと早足になってついていく。

「あ、あのッ!」

 まるゆに声を掛けられて、雷と電が振り向く。

「よ、よろしくお願いしますッ!」

 雷と電はにっこりと笑んで、まるゆの背中を叩く。

「きゃぅッ」

 バァンという音と共に、まるゆは目をまん丸にする。

「おう! よろしくな! 白スク娘ッ!」

「こちらこそよろしくなのですッ!」

 まるで新しい妹ができたかのように、雷と電はまるゆの手を引いて駆け出した。
 まるゆは嬉しそうに笑みながら、新しくできたふたりの姉に引っ張られていく。

(任務達成)

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【艦これ】くちくズ
第01話 任務:艦隊名を受け入れよ!



 ここは某国、某県、某市、某港にある、とある鎮守府。
 この物語は艦娘と深海棲艦との凄まじいまでの激戦の記録……ではない。
 戦闘さえなければ、艦娘達も普通のお年頃な女の子。
 今日も提督と艦娘達によるほのぼのとした一日が始まる。

 ぽかぽか陽気な昼下がり。
 素敵なランチのあとにお昼寝でもしたくなるような、のんびりとした心地のよい雰囲気が流れている。
 そんなステキ雰囲気をぶち壊す、悲痛でソウルフルな叫び声が司令官室から鳴り響く。

「くちくズ……クズ!? クズってゴミってことですぅ?! うわぁーん!」

「ちょ、おいおい、クズとかゴミとか思ってないって」

 あまりのショックで激しく泣きだしてしまった電。
 そんな泣きじゃくっている電を必死になだめる提督。
 そしてふたりのやりとりをナマ暖かい目で見守る雷。

「解体です? 解体されちゃうです? クズでゴミな電は、どーせ解体されて資材になるのですぅ! うわぁーん!」

 そして電は泣きながら司令官室から飛び出して行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待てって、電ッ! ぅおーい!」

 慌てて電を追いかける提督であったが、廊下に出ると既に電の姿は無くなっていた。

「あーあ、これはアレだな、間違いなく」

 雷は頭の後ろで手を組みながら、やれやれな顔をしてつぶやいた。

「やっぱり……アレか? ……アレなのか?」

 提督はげっそりした顔をして、悲しげに雷を見つめる。

「残念ながら発動しちゃったな。電のリアルかくれんぼが」

 提督はその場にくずおれ、四つん這いになってうちひしがれる。

「あああああ……発動しちゃったのか、リアルかくれんぼ……ぬぐわああああああ……」

 リアルかくれんぼとは何か?
 それは逃走する電を庁舎中探しまわらねばならない、一種のサバイバルな本気かくれんぼである。
 たかがかくれんぼと思うことなかれ、電の持つステルス能力は異常ともいえるほどに高機能で、はっきり言って見つけられない。
 庁舎中をどんなにくまなく探しまわっても、どんなに人員を動員しようとも、全くもって電を捉えることはできない。

「そんじゃ頑張ってね、提督ぅ」

 雷は頭の後ろで手を組んだまま、すたすたと司令官室を出て行ってしまった。
 提督は四つん這いの恰好のまま、茫然としてうなだれている。

「……ぐぅおおおぉぉぉん……ぬぅぐああぅぅあああうあぁ……」

 さて、なぜこのような事態に陥ってしまったのか?
 ことの起こりは数分前、司令官室に呼び出された雷と電。

「お呼びなのです? 提督」

「どーしたんだよ、提督」

 雷と電はのほほんとした雰囲気を醸し出しながら、窓の前に立って外を眺めている提督に向かって声をかける。

「雷、電、お前たちが所属する第六駆逐隊についてなんだけどな。第六駆逐隊って艦隊名は正直堅苦しくてイカンと思う。そこでだ、今日から艦隊名をくちくズに変更してもらう」

「くちくズ? ずいぶんと可愛いらしい名前にしたもんだな」

 雷はフーンと鼻を鳴らす。
 対して電はガタガタと震えながら、涙目になって提督を見つめている。

「くちくズ……クズ!? クズってゴミってことですぅ?! うわぁーん!」

「ちょ、おいおい、クズとかゴミとか思ってないって」

「解体です? 解体されちゃうです? クズでゴミな電は、どーせ解体されて資材になるのですぅ! うわぁーん!」

 ――――――

 ――――

 ――

 ということなのである。
 そんなこんなで、完全にスネてしまった電を捜索するはめになった提督。

「くそぉ、やっぱり見つからない……全然見つからん……」

 たったひとりで、様々な箇所を懸命になって探す提督。
 さて、提督はなぜひとりで捜索しているのか?
 これには理由がある。
 実はこのリアルかくれんぼ、過去に何回か行われているのだが、いくつかの特徴があるのだ。

 特徴その1:どんなに人員を動員しても絶対に見つからない。
 何十人といる艦娘達全員で探しても、絶対に見つからないのである。

 特徴その2:最終的に見つけるのは、いつも提督。
 数時間かけて捜索した結果、やっとこ電が発見される。
 このとき、電は決まって司令官室にある提督の机の下で発見されるのである。
 そして電を発見するのはいつも提督なのである。
 提督以外の者が電を発見したことは今まで一度たりともない。
 もしかすると、電は提督に見つけて欲しい? のかもしれない。

 特徴その3:手抜きをすると絶対に見つからない。
 結果的に提督の机の下で発見されるのであれば、ある程度の時間が過ぎた時点で提督の机を探せばよいのである。
 なんてタカをくくって捜索しないでいると、どんなに時間が経過しても提督の机の下に電は現れないのである。
 どうやら電は、提督が探している姿をどこからか見ている? のかもしれない。

 そしてこれらの特徴を踏まえると、リアルかくれんぼ攻略のための法則が浮かび上がってくる。

 リアルかくれんぼ攻略の法則:提督がひとりで一生懸命に電を探して、もう限界と思えるほどに捜索したところで提督の机の下を確認すれば、電は見つかる。

 この法則によって、艦娘達は電の捜索を手伝ってはくれず、提督はひとりズタボロになるまで庁舎中を探し回らねばならないのである。

 ――――――

 ――――

 ――

 空が赤く染まり、日が沈みかけてきたころ。
 庁舎中をくまなく探し、それでも見つからなくて再度庁舎中をくまなく探し、それでも見つからなくて再々度庁舎中をくまなく探した提督。
 もう3周も庁舎中を探した。
 それでも電は見つからない。
 ここまで見つからないのははじめてだ。
 どうやら電はかなりの勢いでご立腹のようだ。

「もう……いいかな……」

 まるでフルマラソンを走った直後のように疲労している提督は、天に祈りながら提督の机の下を覗き込んだ。
 するとそこには膝を抱えながら泣き疲れて眠ってしまった電がいた。

「……んぁ、提督なのですぅ?」

 電が目を覚ました。
 提督は電の頭を優しく撫でて、にっこりと柔らかい笑みを浮かべる。

「電、くちくズって名前にしたのはな、せっかく可愛いらしい女の子なお前たちを、第六なにがしなんていう殺伐とした堅苦しい名前で呼びたくなかったからなんだ。愛嬌があって親しみやすい名前で呼びたかったんだよ」

「可愛らしい女の子……なのですぅ?」

「そうだ、お前たち艦娘は強大な力や特別な能力を持ってはいるが、でも普通の女の子じゃないか。確かに軍属の身ではあるが、俺の元にいるみんなには、なるべく普通の女の子と同じ生活をしてもらいたんだ」

「提督ぅッ」

 電はにぱぁと、嬉しそうに笑った。

「ま、提督がそんなこと思わなくたって、みんな勝手に女の子な生活しちゃってるけどな」

 いつの間に現れたのやら、提督の背後には雷がいた。
 提督は振り向いて苦笑いを返す。

「でもまぁ、その気持ちは嬉しいよ。みんなに代わって褒めといてやる」

 雷は提督の頭をいい子いい子してやる。
 提督はいい子いい子されながら複雑な笑みを浮かべている。
 そしていい子いい子されるまま、提督は電の方に顔を向ける。

「くちくズってさ、星クズみたいでカワイイだろ? ファンシーで、メルヘンで、プリテぇーだ」

「くちくズ……星クズ……ファンシーで、メルヘンで、プリテぇーなのですぅ!」

 電は机の下から飛び出して、提督に抱きついた。
 提督は電に抱きつかれながら、気恥ずかしそうに頬を掻いている。

「とはいえ、星クズって星のゴミだけどなぁ」

 ピシィッと、場の空気が粉砕する音が聞こえた。

「や……やっぱりゴミなんですぅ! うわぁーん!」

 電は提督を突き飛ばし、またも司令官室から駆け出した。

「クズでゴミな電は、やっぱり解体されて資材になるのですぅ! うわぁーん!」

 電はドップラー効果を効かせながら物凄い速さで逃走し、姿を消してしまった。
 そして突き飛ばされた提督は、司令官室の壁にめりこんでいた。
 さすがは艦娘、駆逐艦と言えどもその力たるやホッキョクグマにも勝るほどである。

「……な、なぁ、雷」

 壁にめりこんだまま、提督は雷に話しかける。

「もしかして……もしかすると……もしかしちゃってるのかな……」

「ああ、もしかしちゃってるな、こりゃあ」

「やっぱり……発動したのかな……」

「ああ、発動しちゃったな、リアルかくれんぼ」

 めりめりめり……どばたぁんッ!
 提督は壁から抜け落ち、床に倒れこんでしまう。

「雷は知ーらないっとぉ」

 雷は他人事のように、しれっと司令官室を出て行ってしまう。

「またか……またなのか……うおおおおおおぉぉぉおおおぉぉぉッ!」

 提督は床に顔を擦りつけながら、悲しすぎる咆哮を上げた。

 ――――――

 ――――

 ――

 とっぷりと丑三つ時。
 提督はひとりぼろぼろになって、泣きべそをかきながら電の捜索を続けている。

「……うう……ぐずん……電のステルス性は異常だよぉ……うえぇん……全然見つからんよぉ……へぐぅ……」

 どうしても見つからない。
 提督はブツンッとキレて叫び上げる。

「電ーッ! 俺の名を呼んでみろぉ! 俺は誰だぁ! 提督だぁ! あなたの提督ッ! みんなの提督ッ! お忘れですかぁ?!」

「うるせーッ!」

“がつぅんッ”

 どこからか缶が飛んできて、提督の頭に命中した。
 深夜に叫べば当然ながら安眠妨害になる。
 戦闘で疲れ切っている艦娘としては怒り出すのも当たり前である。
 ところで飛んできた缶であるが、缶と言っても空き缶ではなく、中身の入ったジュースの缶……でもなく、強化型艦本式缶である。
 あわや殺人事件という状況の中、提督は奇跡的に助かった。

「くそぉ……無駄に血と体力を失ったぞぉ……」

 その時である。
 遠くの柱の陰からこちらを見つめている電を発見した。

「電ッ! 見つけたぞッ! いいか、そこにいろッ! 動くなッ! 動かないでくれぇ! 頼むぞ、電ッ!」

 血まみれの提督は目を血走らせて電に向かって突っ走る。
 その瞬間、電は闇に身を溶け込ませ、そのまま姿を消してしまう。

「うぉい! 動くなって言った! 動くなって言ったぞぉ! うわああぁぁぁんッ! 電ッ! 電ちゃんッ! もはや電サマぁ! 頼むから逃げないでおくれよぉ! 提督からのお願いだ!」

 返事はない。
 静寂が提督を包み込む。

 ――――――

 ――――

 ――

 この日、提督によるひとり捜索活動は明け方まで続いたという。


(任務達成?)

目次はコチラ

ここは某国、某県、某市、某港にある、とある鎮守府。
この物語は艦娘と深海棲艦との凄まじいまでの激戦の記録……ではない。
戦闘さえなければ、艦娘達も普通のお年頃な女の子。
今日も提督と艦娘達によるほのぼのとした一日が始まる――

艦隊これくしょんに登場する雷、電、まるゆがメインヒロインな二次創作漫画「くちくズ」。

ニコニコ静画版はコチラ

これを動画にしちゃいました!

kutikuzu01.jpg

ニコニコ動画版はコチラ

動画作成は超がつくド素人なので、色々とつたないところがあると思いますが、生暖かい目で見守っていただけたら幸いでございます。

ちなみに電、雷が司令官ではなく提督と呼んでいるのは、間違い……ではなく、仕様だもん!(滝汗)
字幕と漫画のセリフとボイスに違いがあるのは、間違い……ではなく、仕様だもん!(超汗)

【艦これ】艦隊これくしょん・闇 激戦!深海の亡霊、闇艦娘との闘い
第1章:闇艦娘との邂逅



 国内屈指の海軍兵学校。
 この学校でトップに入ることは、国内トップであるのと同意である。
 そしてこの学校には、特に抜きんでた才能を持った4人の若者がいた。
 しかしこの4人、あまりにも特出した存在であった為に、正規のエリート出世コースからは外れた道を歩むことになる。
 同時期、軍では秘密裏に極秘中の極秘プロジェクトが始動していた。
 4人の若き軍人は知らなかった。
 この極秘プロジェクトの中心人物として、軍が4人に目をつけていたことを。
 ときは過ぎ、海軍兵学校を卒業する日が訪れた。
 この日をさかいに、4人は数奇なる運命への道を歩むことになる。

 ――――――

 ――――

 ――

「提督ッ、いつでも出撃できるわよ! はやく出撃しましょう!」

「そ、そうか? 補給は済んでるか? 耐久力は満タンか? 疲れている者はいないか?」

「補給済み、耐久力満タン、みんなキラキラ、いつでも出撃可能! 準備万全よ!」

 第一艦隊の旗艦である五十鈴は、うずうずした様子で提督である俺の出撃命令を待っている。
 これでは俺が命令しているのではなく、五十鈴が俺に命令しているようなものだ。

「そうか、なら出撃といくか」

 五十鈴はワーイと両腕を上げて喜び、そして俺に敬礼をしながら言う。

「五十鈴、出撃します! 五十鈴に任せて!」

 五十鈴は颯爽と司令官室を飛び出していき、第一艦隊の艦娘達を港に集合させる。
 俺は軽く溜息をつき、ゆっくりと椅子に座った。
 そして目を静かに閉じる。

『提督、全員揃ったわ』

 俺の頭の中に五十鈴の声が響く。
 艦隊を組んでいる艦娘達とは、旗艦の艦娘を通して心の中で会話することが可能である。
 詳しい理屈はわからないが、科学者が言うには、俺と旗艦の艦娘とはテレパシーというもので繋がっているらしい。
 そして旗艦の艦娘がアンテナ代わりとなって、艦隊の他の艦娘とも会話が可能なのだ。
 つまり旗艦は、俺と他の艦娘達とを繋ぐ基地局の役割を担っている。
 そのため旗艦の艦娘が大きくダメージを受けると、俺とのテレパシーが途絶えてしまうので、帰投を余儀なくされてしまう。
 正直、俺も詳しいことは知らないので簡単な説明しかできないが、とにかく俺は司令官室にいながら艦娘達に命令を出せるのだ。

『それでは出撃を開始する。いいかみんな、全員ぶ……』

 俺が話し終わるのを待たずに、鈴谷がつっこみをいれる。

『全員無事に帰投すること! っしょ? もう聞き飽きまくりの耳タコなんですけど~』

『鈴谷ったら、そういうこと言わないの。ねぇ、比叡姉さま……比叡姉さま?』

『んぅ……はッ! 何ですか!? 寝てません! 寝てませんてばぁーッ! って、何か言ったか、榛名』

『やっぱり寝てらしたのね……んもう、霧島からも何か言ってやりなさい』

『マイク音量大丈夫? チェック、1、2……よし。提督、聞こえてます?』

『んもう、霧島ったら……赤城さん、みんなに何か言ってやってください……って、何を食べているのですか?』

『ンッガッフッフッ……え? 何も食べてなんかいませんよ? ちょっと小腹が空いて……なんてことは絶対にないですよ?』

 艦娘達の会話が俺の頭の中に流れ込んでくる。
 第一艦隊のメンバーは旗艦に五十鈴、そして順番に鈴谷、比叡、榛名、霧島、赤城である。

『ゴホン……それでは、みんな。共に行こうぞ激戦の海へ!』

『出撃します!』

 艦娘達は海に向かって走り出し、そのまま海に向かって跳び上がる。
 そのまま海へと落下する艦娘達……とはならず、艦娘達は海上ふわりと浮遊している。

 艦娘――
 軍艦の魂を抱きし武装乙女、と俺は聞かされている。
 艦娘は存在自体が極秘中の極秘なので、艦娘の提督である俺にすら情報はほとんど入っていない。
 艦娘達が言うには、軍艦の魂が戦闘へと駆り立て、戦地へ赴かせるそうだ。
 そして艦娘には軍艦の記憶が断片的に残っていることがあるらしい。
 軍艦の魂は艦娘に憑依し、軍艦と同じスペックの能力を得ることができる。
 これを艦娘達は憑着と呼んでいる。

“ぶぅぅぉおおんッ”

 艦娘達の頭上に提督である俺が現れ、仁王立ちになって浮遊している。
 俺の本体は司令官室にいる。
 艦隊の上にいる俺は魂のような存在で、一種の幽体離脱のような現象が起きている……と、科学者に説明されたことがある。

『んんん? あれ、なぁに? ……あれって艦娘だよね~?』

 鈴谷は目を細めて海の上にいる艦娘を見つめる。
 母港からほとんど離れていない目と鼻の先のような近距離に、艦娘がいる。

『ん? んん? んんん? うわッ、あれって、マジやばじゃん?』

 海上を浮遊している艦娘は、真黒い衣装に身を包んでいる。
 なによりも驚かされたのは、海上にいるのは軽巡洋艦長良型2番艦、五十鈴である。

『これから出撃? ちょうどよかった、探す手間が省けたわ』

 頭の中に声が流れてくる。
 真っ黒い衣装の艦娘がテレパシーを使って声を飛ばしてくる。
 榛名は鋭い目で真っ黒い衣装の艦娘を睨みつけ、身構える。

『あなたは誰? 何者?』

 真っ黒い衣装の艦娘はザザァッと海上を浮き進み、こちらにやってくる。
 彼女がこちらに近づくにつれ、彼女が只者ではないのが伝わってくる。
 彼女から発せられている禍々しいオーラは、ひどく不安で、不快で、不気味に感じる。
 榛名以外の艦娘達も彼女の只ならぬ雰囲気にあてられ、身構えている。

『ふふッ、そんなに警戒しなくてもいいでしょう?』

 俺達の目の前にまでやってきた真っ黒い衣装の艦娘は、ツインテールをなびかせて可愛らしくおじぎをする。

『はじめまして、五十鈴・黒です。よろしくね。』

 五十鈴・黒は庁舎に向かって指をさす。

『ひとつ聞いてもいいかしら。あれって司令官室よね?』

 庁舎には司令官室がある。
 そして五十鈴・黒は俺の本体がいる司令官室を指さしている。
 五十鈴・黒が指をさす動きに連動して、五十鈴・黒が装備している8インチ三連装砲も動き、そして司令官室に狙いを定める。

『ふふッ、これで任務完了ね』

 五十鈴・黒の背後に8インチ三連装砲の姿が映し出される。
 艦娘に艦の魂が宿っているのと同じように、艦娘が搭載している砲などの装備品にも魂が宿っている。
 砲撃するときや電探が発動するときには、装備品に宿っている魂が空中にその姿を映し出す。
 つまり8インチ三連装砲の姿が空中に映し出されたということは、砲撃準備が完了して砲撃寸前であることを意味する。

『撃てぇッ!』

 そして五十鈴・黒の手によって司令官室が砲撃される。

“どごぉぉんッ”

 鼓膜が破けそうな低音と高音が混じった凶暴な爆発音が、びりびりと周囲を震わせる。
 しかし砲撃を受けたのは司令官室ではなく、五十鈴・黒であった。
 直撃を免れてダメージこそなかったものの、五十鈴・黒は黒くすすけてしまう。

『ひどいわね、レディに対してずいぶんと手荒い挨拶じゃない』

『ひどいのはどっちよ! いきなり攻撃してきたのはそっちでしょ! しかも提督に向かって! ふざけんじゃないわよ!』

 五十鈴がとっさに反応し、五十鈴・黒に砲撃をしかけていた。
 そして五十鈴は五十鈴・黒に向かって進行する。

『この私、五十鈴があなたの相手よ! 覚悟なさい、私の偽物さん!』

『ふふッ、偽物? さぁて、偽物はどっちかしら?』

 五十鈴と五十鈴・黒の一騎打ち。
 2艦の長良型2番艦が向かい合い、睨み合っている。

『五十鈴には丸見えよ? 20.3センチ連装砲用意ッ! 撃てぇッ!』

 五十鈴の背後に20.3センチ連装砲が映し出され、五十鈴・黒に狙いを定める。
 そして激しい轟音と共に砲弾が発射された。
 五十鈴の先制攻撃は、見事、五十鈴・黒に命中した。
 五十鈴・黒は砲撃による爆発に巻き込まれ、激しい爆音と爆風が周囲を襲う。

『ふふッ、何かしら? もしかして攻撃をしたのかしら?』

 五十鈴・黒は無傷であった。
 直撃を喰らってもノーダメージ、五十鈴は困惑する。

『ウソ……そんな、ウソでしょ? 直撃で無傷だなんて……』

『あら、ウソに見える? ちゃぁんと目を開けて私をご覧なさい。まぎれもない現実よ?』

 五十鈴・黒は五十鈴に向かって砲を動かす。

『今度は外さないわよ。8インチ三連装砲用意ッ! 撃てぇッ!』

 五十鈴・黒の背後に禍々しい姿の8インチ三連装砲が映し出される。
 轟音と共に発射された砲弾は五十鈴をかすめ、そのまま海上に落ちて爆発した。
 しかし五十鈴は砲弾がかすった個所に穴が開き、その周囲が黒く焦げて真っ黒い煙を上げている。

“小破”

 少しかすっただけで小破させられてしまう五十鈴。
 五十鈴の着衣は少しだけ黒くすすけ、右肩のあたりから真っ黒い煙が上がっている。

『ウソでしょ? ほんのちょっとかすっただけなのに……こ、こんなにダメージがあるの?』

『だからウソじゃないって言っているでしょ? 現実を見れない子にはおしおきよ?』

 五十鈴・黒の背後に怪しげに黒光りする21インチ魚雷後期型の姿が映し出された。

『喰らいなさいッ』

 五十鈴・黒が魚雷を発射する。
 魚雷はしゅるしゅるッと凄い速さで海内を突き進み、五十鈴はなすすべなく魚雷が被弾する。
 悲痛な轟音と共に五十鈴は大爆発を起こし、五十鈴は大きく吹き飛ばされてしまう。
 五十鈴は今にも沈みそうなほどに大きく損傷し、真っ黒い煙を至る所から上げて沈黙する。
 そして五十鈴は着衣をぼろぼろにされて、全身が黒くすすけている。
 至る所から真っ黒い煙を上げながら、五十鈴は海上に倒れ込んでいる。

“大破”

『どういうことなの? ……私、改二なのよ? あなたと私、いったいどれだけレベルが違うっていうの?』

 五十鈴・黒は海上を滑り、五十鈴の元に進み寄る。
 そして足元で倒れている五十鈴をさげすむような目で見下ろす。

『レベル? そうね、確かに違うわね。だって私、レベル3だもの』

 五十鈴はエッと驚いた顔をして五十鈴・黒を見上げる。

『ふふッ、レベルが格下の相手にぼろ負けするのって、どんな気持ちかしら? 私、そういう経験が無いから、是非教えてもらいたいわ』

“ずどごぉぉぉおおんッ”

 五十鈴・黒が被弾する。
 鈴谷が五十鈴・黒に20.3センチ連装砲を発射した。

『ふふッ、少しだけど損傷したわ。やるじゃないアナタ。このダメ軽巡娘より少しは楽しめそうね』

『そういう人を見下す態度、うち超ムカつくんですけど。そういう奴ってマジ嫌いなんだよね~』

 五十鈴・黒はクスッと笑んで鈴谷に向かって砲を動かす。

『おっと、危ないわね』

 五十鈴・黒の目の前を46センチ三連装砲の砲撃がかすめ飛んで行った。
 榛名が五十鈴・黒に向かって砲撃した。

『あなたの相手は私達全員よ! 例え相手がひとりであろうと、私達は全力で敵を叩き潰すわ!』

 軽巡である五十鈴・黒に対し、重巡が1艦、戦艦が3艦、正規空母が1艦、圧倒的な存在感で向かい合っている。
 しかし五十鈴・黒は涼しい顔をして艦隊を眺めている。

『そうね、面倒だからまとめてしらっしゃい。全員すみやかに轟沈して差し上げるわ』

 赤城は五十鈴・黒に照準を合わせる。
 そして赤城の背後には数十機もの彗星が現れ、五十鈴・黒に向かって彗星による艦爆隊が飛び立った。

『ふふッ、私、空母って好きなの。だって絶望する顔が素敵に笑えるんだもの』

 五十鈴・黒は8インチ三連装砲に真っ黒い弾を込めた。

『ふふッ、喰らいなさい。撃てぇッ!』

 五十鈴・黒が発射した弾は宙で爆発し、大量の子弾が艦爆隊を襲う。
 子弾は見事なまでに艦爆隊に命中し、五十鈴・黒を攻撃することなく撃ち落とされてしまう。

『そ、そんな……』

 無残にもすべての彗星が撃ち落とされ、艦爆隊は全滅してしまう。

『さぁ、全部の艦載機を発艦なさい。全て撃ち落としてあげるわ』

 赤城は言葉を失った。
 残る流星や零式艦上戦闘機52型を発艦させても、彗星と同じように撃墜されてしまうであろう。
 赤城はなすすべなく、その場にへたりこんでしまう。

『あはははははッ! そう! その顔よ! その絶望したヘタレ顔がたまらなく素敵よ! 本当に笑えるわ! あははははははッ! どうせなら全機撃墜されてから絶望しなさいよ、情けないわねぇ』

 不敵に笑い上げる五十鈴・黒に向かって、比叡と霧島が砲の準備をする。
 ふたりの背後に46センチ三連装砲が浮かび上がり、同時に砲撃を開始した。
 46センチ三連装砲の同時砲撃が五十鈴・黒を襲う。
 しかし五十鈴・黒は避ける気配がない。

“どごどぉおおぉぉぉおおおッ”

 轟音と共に激しい爆発音と爆風が吹き荒れ、五十鈴・黒は真っ黒い煙に包まれる。
 砲撃は五十鈴・黒に直撃したと思われる。
 煙が晴れると、そこには無傷の五十鈴・黒がいた。

『ふふッ、大火力もこれじゃあ台無しね』

『ウソだろう?! これでも無傷なのか!?』

『そ、そんな馬鹿な!』

 比叡と霧島は信じられないという顔をして五十鈴・黒から距離をとる。
 しかし五十鈴・黒からは逃げられなかった。

“ずどどぉぉぉおおおッ”

 五十鈴・黒の8インチ三連装砲が火を噴く。
 比叡と霧島は避けきれず、ふたりとも被弾してしまう。

『きゃあああぁぁぁッ』

 ふたりの悲鳴がこだまする。

“中破”

『霧島! 比叡姉さま!』

 中破してしまった比叡と霧島の元に艦を寄せる榛名。
 そして見下すような目で中破したふたりを眺める五十鈴・黒を、榛名は鋭い目で睨みつける。

『闇雲に撃っても無駄なようですね』

 榛名は五十鈴・黒と正対する。

『五十鈴・黒さん、でしたっけ? 電探を搭載していますね』

 五十鈴・黒は関心したように笑い上げる。

『ふふッ、ご名答ッ。そうよ、このふたつがあればほとんどの攻撃は回避可能なの』

 五十鈴・黒の背後に真っ黒い22号対水上電探と21号対空電探が映し出された。

『この電探・黒があるかぎり、あんた達の攻撃なんて当たらないわよ』

 見下すように笑う五十鈴・黒。

『そうとは限らないわ』

 榛名は静かに目を閉じ、意識を集中させる。
 榛名の周辺にキィンと張りつめた空気が流れる。
 そして五十鈴・黒は榛名が作りだした空気に包まれる。
 次の瞬間、榛名はカッと目を見開き、砲撃を開始する。
 榛名の背後には、ほのかに輝く46センチ三連装砲が映し出される。

『榛名! 全力で参ります! 撃てぇッ!』

 榛名に搭載されている三連装砲が火を噴く。

『ふふッ、当たるもんですか』

 五十鈴・黒は余裕の表情で腕組みをしながら、榛名の砲撃を受ける。
 激しい爆発と共に轟音が鳴り響き、周囲が真っ黒い煙に包まれる。

『う、ウソでしょう……こ、こんなことって……』

 煙が晴れる。
 そして姿を現した五十鈴・黒は、煙を上げながらところどころが損傷、破損している。

“小破”

『なんで? 電探・黒の故障? それはないわ、正常に機能してるもの……そんな、ウソよこんなの……』

 砲撃が命中した五十鈴・黒はショックのあまり茫然としている。

『あら、ウソに見える? ちゃぁんと目を開けて自分をご覧なさい。まぎれもない現実よ? ……これはあなたが五十鈴ちゃんに言ったセリフよ。あなたにそのままお返しするわ』

 五十鈴・黒は四つん這いの格好でうなだれ、わなわなと肩を震わせている。

『ウソ……現実……これが現実? いやよ、そんなの……私は五十鈴・黒! こんな未完成中の未完成な輩に敗北する私じゃないのよ……こんなの信じない! 絶対に信じないわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

 突然、五十鈴・黒は真っ黒い強大なオーラに包まれた。
 禍々しいオーラが充満し、五十鈴・黒の周辺がひずんで見える。
 五十鈴・黒はふわりと浮遊し、光を失った目で庁舎にある司令官室を睨みつける。

「そうよ……そうよ! 私には任務があるのよ! それさえ達成すれば、あんた達なんかに用は無いわ!」

 五十鈴・黒の背後に8インチ三連装砲が映し出される。
 先ほどまでの三連装砲とは違う、ひどく禍々しいオーラに包まれた、畏怖の念を容赦なく発している不気味な8インチ三連装砲。

『8インチ三連装砲・黒、発動ッ!』

 8インチ三連装砲を包んでいるオーラが濃縮化し、8インチ三連装砲の砲口に流れ込んでいく。

『もう出し惜しみはしないわ! 8インチ三連装砲・黒、撃てぇッ!』

 五十鈴・黒がそう言い終える直前、五十鈴・黒は大きく吹き飛んだ。
 不意の砲撃を受けた五十鈴・黒は、轟音と共に大きく損傷する。

“中破”

 五十鈴・黒は海上に倒れ込む。

『やだ、痛いじゃない! だ、誰よ! こんな卑怯な真似するのは!』

『おんまちどぉなのネー! やぁっと修復がコンプリートねー!』

 戦艦金剛型1番艦、金剛が姿を現す。

『私たちの出番ネ! フォロミー! 皆さん、ついて来て下さいネー!』

 金剛は海上で仁王立ちになって、おもいきり声を張り上げる。

『いくっよぉ! 我がスリー妹たちぃ! 一気に畳みかけるネー!』

 金剛を真ん中にして比叡、榛名、霧島が横並びに艦を寄せる。、
 46センチ三連装砲を3門搭載している金剛四姉妹。
 その全てが五十鈴・黒に向けられる。

『さぁ、覚悟しやがれネー! 46センチ×12で562センチ砲ネー!』

 比叡は溜息をついて金剛につっこむ。

『金剛お姉さま、計算が違います。正しくは552センチ砲ですよ』

 霧島は更に深い溜息をついて比叡につっこむ。

『そもそも単純な足し算で砲の大きさ変えちゃまずいでしょ? それを言うなら46センチ三連装砲一斉12射撃! です』

『とにもかくにも! 我ら金剛フォー姉妹のウルティメイト砲撃! 喰らうがいいネー!』

 金剛四姉妹の背後に12門の46センチ三連装砲が映し出される。
 その三連装砲が全て、五十鈴・黒に照準を合わせる。

『いっくよぉ! レッツ、シューティーーーングッ!』

 46センチ三連装砲12門が一斉に火を噴く。
 4人の意識は完全にシンクロし、五十鈴・黒が搭載している電探・黒が無意味になるほどに、砲弾は五十鈴・黒に向かって飛び交う。

“ずどどどどどごぉぉぉぉぉぉおおおおおんんんッ”

 物凄い轟音が鳴り響き、砲撃の威力が凄すぎて周囲に大きな波が発生する。
 そしてとてつもない爆風が吹き荒れ、周囲にいる艦娘は激しく揺らされる。
 砲撃は全て五十鈴・黒に被弾した。
 回避できずに直撃を喰らった五十鈴・黒は大爆発を起こし、五十鈴・黒本体は海に投げ出されてしまった。

“大破”

 海に落下……するものと思われた五十鈴・黒は、突如現れた艦娘に抱き止められた。

『あらあら、こっぴどくやられちゃったわねぇ』

 謎の艦娘は大破してしまった五十鈴・黒の側に降り立ち、五十鈴・黒を海上に立たせた。
 五十鈴・黒はぼろぼろで衣装もほとんど残っておらず、装備品も無残に破壊されている。
 もはや立っているのがやっとの様子。
 それだけの瀕死のダメージを受けながらも、五十鈴・黒は謎の艦娘を睨みつけて声を荒げた。

『チッ、まさかあんたが来るなんてね! 愛宕・黒』

 真っ黒い衣装に身を包んでいる愛宕・黒は、愛宕とうりふたつ、同一人物としか思えないほどに似ている。

『あら、不服かしら?』

『不服も不服、超不服よ! この化け乳娘!』

『うふふ、そうやっかまないの、半端乳娘ちゃん』

『むっきー! 腹立つ! 半端って何よ! 半端じゃないもん! 立派だもん! むかつく! むかつくぅッ! でかすぎおっぱい、大ッッッ嫌い!』

 悪態をつく五十鈴・黒の頭を撫で撫でする愛宕・黒。

『そんなこと言っていいのかしら? そもそもこの任務、あなたじゃなくて私が命令を受けたものなんだけど? 勝手なことをして、お父様に叱られるわよ?』

『うるさいわね! 結果を出せば文句はないでしょ! 結果さえ出せれば、父さまだって私を褒めてくれるわ!』

『でも残念な結果しか出せなかったみたいね』

『うぐぅ……』

 五十鈴・黒は言葉を失い、ぐうの音を漏らす。

『これって重大な命令違反よ? 結果は出せない、命令違反はするでは、お父様はがっかりされるんじゃないかしら?』

『うぐぐぅ……』

 涙目になっている五十鈴・黒。
 必死に堪えているが、今にも泣き出しそうである。

『まったくしょうがないわねぇ。特別にお父様には黙っててあげるわ』

『ほんと!? ……言っとくけど、貸しだなんて思わないでよね!』

『はいはい、まったくもう、可愛くないんだか、可愛いんだか』

『何か言った!?』

『いいえ、何も申してなんかいませんわよ』

 五十鈴・黒の頭を撫で撫でしている愛宕・黒は、五十鈴・黒にスパンッと手を叩き落とされた。
 愛宕・黒はやれやれと両の手のひらを上に向け、両肩を上げる。

『さあ、お父様の元に帰りましょう』

『そうね、はやく父さまに会いたいわ。傷ついた五十鈴をたくさん慰めてもらうんだからッ!』

『んもぅ、意外と甘えん坊なんだから』

 五十鈴・黒と愛宕・黒は艦娘達に背を向け、帰ろうとする。

『おおっとぉ、おふたりさん! ただでホムカミできると思ったら大ミステイクねー!』

 逃がすものかと、ふたりを追う艦娘達。
 それを見た愛宕・黒は、溜息をついて残念な顔をする。

『あらあら、せっかく見逃してあげようと思っていたのに』

 愛宕・黒の背後に3門の8インチ三連装砲が映し出される。

『喰らいなさい、おバカな身の程知らずさん達』

 追撃する艦娘達に向かって、愛宕・黒は8インチ三連装砲の3連射を行う。

“ずどごぉおおおぉぉぉおおおぉぉぉッ”

 とてつもない轟音が鳴り響き、艦娘達は爆発に巻き込まれる。
 直撃こそしなかったが、目の前で大爆発が起こり、甚大なダメージを受けてしまう。

『きゃあああああぁぁぁぁぁッッッ!』

“大破”

 愛宕・黒の砲撃は物凄い威力で、五十鈴・黒が問題にならないほどに強大であった。
 ノーダメージであった艦娘でさえ、たった一撃で轟沈寸前である。

『私の任務はそちらの提督さんを葬り去ることでしたが……今日のところは帰りますわ。電探・黒が通用しない子がいたり、46センチ三連装砲の一斉12射撃なんていう物騒な攻撃を見れたり、なかなかに楽しませてもらったので』

 五十鈴・黒は自分を大破させた艦娘達を嘲笑いながら、吐き捨てるように言う。

『あんた達、わかってる? この化け乳娘こと愛宕・黒は、わざと砲撃と外したのよ? 化け乳娘が本気で攻撃したら、あんた達どころか鎮守府全体が焼け野原になってるところよ!』

 愛宕・黒は五十鈴・黒の頭をぽこんと殴る。

『失礼ね! そんな絨毯爆撃みたいな攻撃、できるわけないでしょ! この半端乳娘!』

『何よ化け乳娘! せっかく褒めてあげたのに!』

『褒める? けなすの間違いでしょう!』

 ふたりはいがみ合いながらぷくぅと頬を膨らませて、ふんっと言ってそっぽを向いてしまう。

『それではごきげんよう。またお会いいたしましょう』

『あんた達、今度こそ私が息の根を止めてやるからね! 海の底で深海魚のお家になるといいわ! 覚悟してなさい!』

 ふたりの闇艦娘は帰投すべく、艦娘達に背を向けて発進する。
 大破した艦娘達は、もはや追撃が不可能であった。

『ゴーヤ、聞こえるか? このまま敵さんを帰すわけにはいかない。雷撃準備だ』

『ゴーヤにおまかせでち! このおっきな魚雷、61センチ五連装(酸素)魚雷でお見事に轟沈でち!』

 海中で密かに待機していた伊58は、愛宕・黒に照準を合わせる。
 そのときである、突然俺の頭の中に声が送られてきた。

『悪いことは言わん。その雷撃、即刻中止せよ。さもなくばこちらも反撃せねばらならくなるぞ?』

 初老というには失礼なくらいに力強い声が、俺の頭の中で響き渡る。
 声を聞けばわかる、これは生粋の軍人の声だ。
 しかもかなりの手だれである。

『若いの、戦況をよく見て命令を下せ。反撃を喰らえばどのような惨状になるか、それがわからぬほどボンクラではあるまい、若き提督よ』

『誰だ! その口ぶりからすると、黒い艦娘の提督のようだな』

『我は海提。深き海の闇の使者よ。汎用人型決戦兵器、黒き艦娘こと闇艦娘を操る闇提督、それがワシじゃよ』

 海提と名乗る者の声を聞いていて、俺はあることに気がつく。

『この声、どこかで聞いたような……そうだ、以前ある人物の肉声テープを聞かされたことがあって……その人物のしゃべり口調、声色、声質……何より、声から伝わる異常なまでのプレッシャー……まったく同じものだ……その人物の名は……山本五十六提督』

 山本五十六提督――
 最終階級は元帥海軍大将。
 栄典は正三位大勲位功一級。
 俺のような下っぱ提督なんて比べものにならない、軍人中の軍人、トップオブ軍人である。
 その存在感、迫力、カリスマ性、軍人力、何をとってもこの方に勝る軍人はいないと、俺は確信している。
 他の軍人を圧倒するほどの軍人力を誇る山本提督は、世界的に見ても指折りの超ド級軍人である。

『確か史実では海軍甲事件によってソロモン諸島ブーゲンビル島で戦死したことになっていましたが……まさか生きておられたとは、連合艦隊司令長官山本五十六海軍大将殿』

『……若いの、ワシは海提、山本なにがしなどではない……深海の底深くに眠る亡霊のひとりじゃ……』

『あなたが亡霊? いや、亡霊なんかじゃない。まぎれもなく生きている人間の声ですよ。あなたの声からは軍人の魂がひしひしと伝わってきます……山本提督、なぜ深き海の闇の使者などと狂言じみた言い方をするのですか? ……山本提督? 山本提督!? 山本提督ぅぅぅッ!!』

 声が途絶える。
 海提……いや、間違いなく山本五十六提督であった。
 なぜ正体を隠すのだろうか……いや、それとも本当に別人なのだろうか……正直、声だけで判断するのは無理がある。
 俺は宙を見つめながら、表情を曇らせている。

『提督ー、発射ご命令をくださいでちー』

『……発射は中止する』

『えー! 中止でちか!? そんなぁ、でち……』

 ザパァッと浮上する伊58。
 伊58はふよふよと海上を浮遊しながら、くやしそうに闇艦娘達の背中を見つめる。

『全員、帰投せよ』

 俺は力無い声で艦娘達に帰投命令を出した。

“追撃せず”


(つづく)

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――次の日

「んーーー! よく寝たのですぅ」

 目を覚ましたミーノは身を起こし、すっきりした顔で伸びをする。

「んううう……全然眠れなかったよぉ……」

 ミーノの真横には目の下に真っ黒いクマを浮かべて、目を真っ赤に血走らせている凛香がいる。

「……ミーノちゃん、よく眠れた?」

「はい! このとおりですぅ!」

 ミーノはぴょこんと飛び上がり、布団の上で飛び跳ねた。

「……そう、よかったね」

 凛香は目だけを動かしてミーノを見つめている。

「……もう少し寝ててもいいかなあ」

 そう呟いて、凛香は静かに目を閉じた。

「ダメよ、凛香ちゃん」

 ガシッと頭を掴まれて、凛香は恐る恐る目を開ける。すると目の前には、マリの迫力のある笑顔があった。

「……あのね、凛香ね、考え事してたらね……眠れなくなっちゃったのね……だからね、もう少しね……寝ていたいのね……」

「ダメよ、凛香ちゃん」

 マリの迫力のある笑顔がどんどんと近づいてくる。
 凛香は泣きながらマリに訴えかける。

「だってね、えぐぐぅ、ミ、ミーノちゃんがね、ひぐぅ、いくつなのかね、はぐぐぅ、わかんなくてね、ううううう、だってだって、ミーノちゃんがね、何十年も前にスグル様を追っていったミートくんを知ってるってね、ひゅうううううん、言うからね、ひみゅうううん、気になって気になってね……うわああああああああん!」

 泣きじゃくる凛香を、マリはいい子いい子して頭を撫でてやる。

「だからね、寝てもいい?」

「ダメよ、凛香ちゃん」

「……ひゃああああああああああああああん!」

 一睡も出来なかった凛香は、無常にも強制的に布団から叩き出されてしまう。

「……へのつっぱりはご遠慮願いマッスル」

 布団から強制排除させされた凛香は、まるで身包みを剥がされた被害者のように、ぶるぶると震えながら身を丸める。

「さあ、ごはんにしましょうね」

 マリは終始笑顔のまま、凛香の襟首を掴んでずるずると引きずり、食卓へと向かった。

――電車の中にて

「ねえミーノちゃん、なんだかみんな、こっち見てない?」

 車内のシートに並んで座っている凛香とミーノとマリは、チラチラと周囲の人々からチラ見されていた。

「我々は今や、刻の人なのですぅ。話題の人なのですぅ。そんな我々がこうして電車に乗っていたら、まわりの人は気になって仕方がないのですぅ」

「そ、そっか……そうだよ、ねえ……」

 凛香はそわそわしながらマリの方に目をやる。
 マリは背を伸ばした美しい姿勢で座りながら、目を閉じて静かにしている。

「すごいなあ、マリお母さんは。わたしはどうにも落ち着かないよお」

 凛香はきょろきょろしなが周囲を気にしている。

「人目を避けて物陰に潜むような人生をおくってきたわたしには、革命とも言える大変化だよお……うううぅ、なんだか身体中がむず痒いよお……」

 巨大ぐるぐるメガネの奥で涙目になりながら、凛香はぎこちない、ひきつった笑みを浮かべている。

「さあ、着いたわよ」

 話し込んでいた凛香とミーノにマリは声をかける。

「はわぁ! 降りないとですぅ!」

 ミーノはぱたぱたと慌てて電車を降りた。
 凛香は挙動不審な動きをしながら、ふらふらと降車する。


(つづく)

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